3

3/13
前へ
/65ページ
次へ
「本当にそんな危険な奴だったら、そもそも一月も動かないわけないだろ」  そんな報道もないしなあ、信じるには弱いよ。  真正面からはっきり邪推だと言われた方が、やはり心持ちは良い気がした。  そういう友人がいることはありがたくて、それだけで泣きそうだった。その所為で黙ってしまっていたら、泣きそうになっていることを見抜かれてしまっていた。 「今更だな。僕だってあれを見てれば判るようなことだよ」 「見ていれば?」 「うん。ラツィリさんの挙動とかさ、嘘つけない人だって判るからさ」  なんというか、下手に誤魔化すことを嫌っている印象もあるな。そんなアイルの感想に、ローグも納得していた。 「まあそこまで見越して騙してたなんてこともあるだろうけど」 「急に不穏なこと言って落としてくんの、なに?」  揺さぶった方が回復早いだろ?  何を言っているのかよくわからないが、そうかもしれないと反論はしなかった。 「どうする? だからって僕がラツィリさんの行方なんて知るわけもないし、どこの誰がなんてところから解らないんじゃどうしようもないぜ」  それなら、とローグは資料の一部を取り出してみせる。 「ここ。端のとこに走り書きのメモがあるんだ、なんて書いてあるか読めるか?」 「これが何かのメッセージかもって?」  アイルは目を細めてメモを解析しようとしていた。  しばらくして、結構離れた場所の言語かな、と言った。  文字の質でそう判断したようだった。地域で検索してみると、それこそヨーマンディの本社が置かれている国での言葉だった。 「で、そこの言葉で「裁判所、在り、都、地域」……州都地裁って辺りかな。この書き方なら、特定のどこかを指しているはずだよ。州だけで伝わると思っているか、それとも自分の中で特筆する理由がないかってとこか」  裁判所に居る、ってことかもしれないが。  拘束されたならいきなりそこに行くとは考えにくい。 「どうする?」 「どうったってなあ……」  何も言わずに消えたのなら、関わらないでフェイドアウトが安全策だと思うんだが。  色々と痕跡を残されている辺り、完全になかったことにしようとしていると思っているわけでもなさそうというのがローグの感想だ。 「それに、あいつの持ち物の一番大事なものが置いていかれているんだ」  ローグはポケットから、瑠璃くじらの収納されている球体を取り出してみせる。  アイルにはそれが何なのかはわからないみたいだし、判らなくても構わない。それでもそれがとても重要な理由になる、と分かっているようだった。 「これを返しに行く必要があるだろ」 「そうだろうね」 「だから、協力してくれないか。ラツィリを見つけるまででいいから」  オーケイ、とアイルが首を軽く傾けて笑う。 「牛車だ!」  そう見えるだけの何か、と感じたが。  テプシェンに乗り物を貸してくれと言ったら、これが送られてしまったとアイルも困惑していた。 「本当は牛に農業用の機器を繋ぐんだけどね」 「ってことはトラクターかこれ」  そこに乗用の籠を乗せて走る用途にするのはあまり見ない。  生物の形を取った機器が増えてきたのはいつ頃だったか。  むらくもぎょぐんの鯨やらイルカやら、そういう形容を中心に扱っているのが ヨーマンディの特質ともいえるこだわりの部分だろうが。  それにどんな意図があるのかを考えたことはあっても、よく分からなかった。 「遅いんじゃないか? 牛だぞ?」 「時速五十キロくらいは出るってさ」  充分な速度かもしれなかった。一般の乗用車と同等ならそれで構わないが。  後部のキャビンがキャンピングカーのような大きさで、生活ができるくらいのものを用意されている。  ローグとしては普通の乗用車で良かったんだけど、と思うが。  それでもテプシェンの余裕を持たせる部分はありがたいと思える。  心配されていると実感できるから。 「とりあえず北に千キロくらいだからね、やれるだけやってみよう」 「長いねえ」 「目的地はその三倍あるけど」  あ、そんな遠い? 驚くが、地図上で考えればそういうものかと納得はできた。  数字と感覚が一致しないのは、そういう距離を移動した経験がないからなのか。  大陸を跨ぐ距離となると、そんなもんか。  ゆっくりと加速していく白色の牛を見ながら、遠いなあと眩みそうだった。
/65ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加