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 牛は二十四時間走り続けられるわけでもないらしい。  当然すぎる事実だけど。 「燃費は良い方だけど、その燃料が高騰してるんだよなあ」  資源が変に偏っている、と昔から聞いていたことでもあるけれど。  スタンドで牛のチャージをしつつ、隣の飯屋で夕飯を取っていた。 「アイル、随分と量があるけど」 「なんだ、そんなに食べないって?」 「いや、そうじゃなくてさ」  旅費が持つかな、という心配事の話だったのだが。  向こうには通じなかったのか、いいじゃないか食いなよとあまり気にしてない様子だった。 「どうせこれも蝶さんが持ってくれるし」 「人の金を無意味に垂れ流すんじゃない……」  というかこれ負担してくれるのか、あの人。そんな驚愕がローグの内心にあった。  世話好きな人だとずっと思っていたし、そういう所に何度も助けられてはいたけれど。それでもそれはやりすぎじゃないのかと思ってしまった。  カード預けるとか、正気の沙汰じゃない。 「でもまあ、お土産買ってくのが条件だから」 「まあそうだろうさ……」  なんというか、助けられてばかりだなと改めて思う。  テプシェン・ドゥミナインが何者なのか、という強い疑問はあるし、そこら辺を深掘りするのはすこし恐ろしいから触れたくないが。 「ここらへん、あまり人が居ないな」 「そりゃ荒野のど真ん中だからな」  長いルートの中継地点であり、道が整備されてどこまでも続いている以外には、まばらな商店と民家が見えるくらいの街とも言えない集まりだ。  遠くに高い樹木が立っている。  そこを中心に生き物の姿も見えている。  夜になっていく空気、湿度も低くすぐに冷えていくのがわかる。  猛獣の姿は、この辺りでは見えないか。 「ううわああああああああ」  とかいう、なんだか気の抜ける叫びが聞こえるくらいで……「いや、人の声だろ今の」と思い直し、目を凝らすと。  気球のような何かにぶら下がる、変な人が居た。  地上から三メーターほどの位置をふわふわと浮かんでいる姿は、やっぱりどこか間抜けなのだが。  近づいてみると、気球に見えていたのはクラゲだった。  遠くからぼんやりと見えていたシルエット、クラゲ自体が青白く発光していたかららしく。それでも光が足りないのか周囲を照らすには至らない。 「幽霊みたいだ」 「言ってないで下ろしてー!」 「どうやってやるんだよ、撃ち抜けばいいのか?」  言ったはいいが銃なんて持っていない。何かの役に立つのかと火薬玉があるくらいだ。  投げてみる。  ぱぁんっ! と耳を衝く音を立てて爆ぜると、衝撃に合わせてクラゲが揺れる。 「んやー」  しかしそれで良かったらしく、クラゲの触手が掴んでいた人物を放していた。  地面に落ちる前に真下に移動して受け止めると、その人物は衝撃で気を失っていた。  つまり、知らない生物が溢れている?  そう問いかけると、相手は頷いた。  車の中に入れるわけでもなく、すぐ外で灯りを焚いて話を聞いていた。いくら何でも、自分らと同程度の年齢の女性を車内に上げるのには抵抗があったのだ。 「さっきのクラゲは人を掴み上げて何をしてたんだろう」 「わかりません。そもそもこんな陸地の真ん中に出てきた例がなくて」  空鯨とは認識が違うようで、まあヨーマンディの機器とは思えないフォルムだったから出所が違うと思った方が良いだろう。  話している間も、女性はしきりに周囲を見回している。  怯えているというか、警戒心が強くなっているようだ。 「人がいなくなったとか、そういうことが続いていて。見たことのない生き物が顕れだして混乱しているんです」  生態系の崩れがある、というのか。  いつ頃から、と訊くと。  気付いたときには、と返ってきていた。 「君がクラゲを初めて見たのは、いつ?」 「……、六年くらい前、かな」  六年。  ラツィリの「瑠璃くじら」が直接の原因ということでもないようだった。もしそうだったら本当にマズいことになるのは明白だったから。 「うーん。変な生き物ってなると、僕もいくつか見たことはあるけど……人に対して明確な捕食行動を取る生物なんて少ないはずなんだよなあ」  生活圏が被らないように変化してきたから、基本的に行き遭わないのが現代だ。  それが、再び崩れてきている。  原因なんて、やはり上昇海流くらいしか思い当たらない。 「まあ、あまり危険な場所に行かないくらいしか対応策がないな」 「…………捕獲とかできればいいんだけどな」 「あんなもんどうやって捕らえるってんだよ」  あ、と女性が上の方を見て声を上げる。  つられてローグとアイルもその方を見遣る。  そこには何か白い流星のような何かが飛んでいた。隕石か何かかと思うも、その割には動きが蛇行している。白く光る何かを見ていると急に真っ直ぐに飛んでいく。  残光を辿っていく。  向かう先には先ほど追い払ったクラゲがふわふわと浮かんでいた。  あの十数分であんな高空にまで昇れると、人を掴んでさえもできるのかが気になった。  できようができまいが、危険なことに変わりはないが。  白い何かが矢のような速度で飛んでいき、クラゲを射るように突っ込んでいく。  通り過ぎた後には、青白く光を放つ破片がばらばらと散っているのが見えた。破壊したのか、喰ったのか。 「……ありゃあ、竜かな」 「ドラゴン? そんなもんこの世界じゃ幻想種だろ」  そうだけど、とアイルも自分の言葉に確信があるわけでもないようだった。  白く光る、竜。  それはローグが見ていた「琥珀いるか」「瑠璃くじら」と同様の性質にしか見えない。  では、あれはヨーマンディの製品?  むらくもぎょぐんに組み込まれた、気象制御の機器?  その割に、生物に攻撃する行動を取っているようだけど……。 「ああ、行っちゃったね……」  女性はなぜかあれには大して反応を示さない。その意味もよく分からないけど。
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