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「なんだ、ここから送ればいいじゃないか」  数時間前にそう言ったのが最後、ラツィリは一言も発することなく車内で何やら作業を続けていた。勿論誰にもそれを気取られないように眠っているように見せかけて、着ている白衣の下でキーボードを叩き続けている。  工具を振るうよりも不得手ではあるけど、できないわけじゃない。  瑠璃くじらへの攻撃が判るくらいには慣れたものだ。  じっと動かないでいると眠くなってくるが、それを言っても仕方ない。  目的地に向かうまでには時間があり余っているのか、時折食事が投げ込まれる。そんな雑なやり方はなあと気分を害することはあるけれど、あまり気にはならなかった。  むしろ片手で食べられる方が都合がいい。 (ローグのところに置いていったくじらの方は物理的に組み上げるだけだったからなあ……とっさに取ってこれなかったのが悔しいな)  あまりに準備の時間が足りなかった。  向こうがローグの家に到着するまでが異様に早く、彼らも有無を言わさず連行していくことしかしなかったので、取りこぼしが出てしまったのだ。  もっとも大事な「瑠璃くじら」を動かせなければ、何も意味はないのに。  手詰まりだ。  このまま何もしなければ、の話だけど。  勿論何もしないで終わらせる気なんてラツィリには全くない。 「とは言っても、こんな何もない空間に放り込まれるとなー。手持ち無沙汰になるだけならいいんだけど」  そんなことを思っていた折に姉からの動画通信があったことが、向こうの失策なのかもしれなかった。  常に周囲を見ていれば、何かヒントが見つかるかもしれない。 「師匠の言ってたことだものね。そっちの方が大事だよ」  画面に何かの作業スペースを表示させる。  下手をすればこれをキャプチャされているかもしれないけど。今更なにを、という所だろう。それよりも足掻く方が優先だし、ローグの動きが見えるかもしれない。  いきなりラツィリが居なくなったなら、それに困惑するのは目に見えている。  街中を走り回っているかも、その光景を考えるとちょっとだけ面白かった。 「犬か猫かな、私は」  自分の想像に憤るのも変なことだけど。  そうしているだけで、心が沈まないのがよくわかる。  …………、奥底では今までにないほど傷だらけなんだと気付かなくとも。そこに至った時点で終わりだと薄々感じているのかもしれなかった。 「一回きりの発信になると思うけど」  くじら井戸の周辺で知り合った人たちが、その対象だった。  祈り半分で、送信を押し込む。
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