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「痛い!」
額で卵を割られた。気付けば朝日が昇り始めていて、椅子の上で眠りこけている有様だった。
ローグの叫び声を無視して、割った卵をカップに落としていたアイルは。
「疲れてたんだろ。いろいろと」
「そりゃあそうだけど」
「日付見てみ。二日経ってるから」
「⁉」
慌てて自分の端末を見る。確かに記憶が切れる直前から三十時間ほど経過していた。
丸一日椅子の上で寝ていた、ってのは経験がない。
驚愕していると、それ以上の空腹に意識を取られ始めた。
「……そろそろ国を跨ぐし、その前に腹ごしらえでもしとこうか」
「そんな走ったか」
二回くらいチャージも入ったし寄り道もしてるよ、とこともなげに言われると記録のみを見せられているようで実感が持てない。
当事者なのに。
道路を道なりに進んでいくと、国境までの距離を記した標識が見えた。
一時間も走れば関所でもあるのかもしれない。
「念の為って言われて作ったパスポートが役立つとはね」
「あはは、ローグの爺さんがそういう人だったな。必要なもので準備ができるならしておけっていう」
土台固めに異常なまでに執着するというか、足元をかなり気にするというか。
外から見ると何をしているのかわからない、なんてこともあった。
「蝶さんと気が合ってたのも本当よくわかる。二人で色々やってたみたいだからな」
歳の差があっても、同年代くらいのコンビみたいな雰囲気があった。ローグもそれを見ていて、楽しそうで羨ましいと思ったんだ。
「…………そういえば、あの時の子は元気にしてんのかな」
「ん? ああ、一緒に住んでた家出少年か。時々遊んでたっけ、それこそ蝶さんたちの真似事とかやって」
幼少期に短い時間、住んでいたことがあった同世代の人物。
髪が黒くて短くて、活発な印象があったくせにひどくおとなしい性格で。
爺さんの作業を延々眺めていることもあったはずだ。
ローグとは近いようで、内面がまるで違う。
「それでも、嫌いあうほどに離れていなかったから、楽しかったんだ」
「いい思い出だねえ」
軽く茶化す言い方が気になった。軽くにらむような眼で見ていたら、溶いた卵をそのまま飲んでいた。案外そういうの気にしないんだな……? と言ったら。
「衛生面のこと? 今は徹底管理されてるから世界中どこでも大丈夫だよ」
「そうか。俺はやめろって言われてたからなあ」
「そういう世代の人だったんだからしゃあねえて」
試してみる? と言われたけど今はいいかなと答えた。
不快感が逸らされて行き場を見失っている。こういう透かしが巧いのは分かっていたけど、俺には無理だなあと改めて思う。
端末に入っていたラツィリからのメッセージに気付くのはその五分後だ。
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