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 レトロなレンガ造りの街並み。  ここに来るのも実は数年ぶりな気がしていた。  社屋や研究所がある街ではないから、普段立ち寄る理由が薄いだけなのだが。それでも国においては重要な場所にある都であり、周辺を半独立の自治州にしてしまえるだけの力を持っている。  だからこそだろう、公的機関であっても私的な息が掛かりやすくなると思っていた。  ラツィリは周囲からは隠されたまま、どこかに向かっていく。  正確にはラツィリにも周囲の景色が見えないように隠されてしまった。きっと街中で人目に触れることを嫌がったからだ。  既に違和感しかないことだが。  マスクの下で「凶悪な罪人みたいな厳重さだ」と呟く。  当然誰にも聞こえない。隣に居ても届かない。遮音マスクは有用であり、きっと醜い暴言を吐かせないものなのだろう。  見えるものすべてを見咎めて脳内で分析考察し続ける以外に、やることがなくて暇になっている。 (ここまでするほど、私が憎いのか。姉貴は)  完全に敵視している相手を、嫌いはすれど憎まない。そういう志向のラツィリには、相手の行動が巧く読み取れなかった。  それとも、嫌いだからこそ視界に入れたくないというのか。 「……、……。……。……、…………」  ラツィリの隣を歩く警官は、彼女が何かを常に喋っているのを知っているが。  その内容までは聞こえないので判らない。  眼差しの色に濁りがないことを考えても、悪口雑言とは思えないが。それもフェイクかもとより狂っているかと考える方が自然だろう。  風体もどこかマッドサイエンティストに通じる珍妙さを感じるし……と思いつつも。  それを誰に言うわけもなかったし。  ラツィリに気取れるともっと面倒だ。  見える場所で変な人の振りをしたなら、結局そいつは変な人だ。  目に見える抵抗をしないでおとなしくついてきているのも違和感しかないけれど。 「暗い通路を抜ければ、拘留場だ」 (地下通路を通すなんて念入りだな。通常の罪人扱いでもないのが恐ろしいよ)  裁判所併設、なんてそうそう存在しない場所に送られるのも異例としか言えない。  施設に入るなり出迎えた人物がアレグリ・ヨーマンディ……ラツィリが言う「爺」であるところまで、おぞましいやり口だ。 「機を見て、子鯨を頼ろうと思ったか」 (…………、どうかな)  聞こえもしないのに、反応してみた。 「訊いたとて、茶を濁すだけなのは知っているが。しかし目論見を外されたのはどういう気分だろうな、私には理解しがたい感覚だ」 (……? 目論見を外された?)  外れた、ではなく。誰かが能動的に邪魔をした、と言いたそうに。 「まあ、直接的な脅威と言えるものもすでに居らず。それを知らぬままにそこに居たのも不可解だが、しかし」  ナッヂァ・ミノラーレの死の原因に、気付けなかったのか。  問いかけられれば、考えなくとも勘づく。 (お前が?)  視線の色の変化に気付いたアレグリは答える。 「邪魔なものは潰すに決まっている。奴の思想は、私とは相容れない」  ――――――  ――――――――――――  ――――――――――――――――――――――――  ………………………………………………………………  ………………………………  ……………… 「いっ……つうぅ―――」  目を覚ました時には、口元のマスクは取り去られ。拘留場の一室に放り込まれていた。  灯りが弱く、それでもクリーム色の壁によって強く反射するから何も見えないわけでもなかった。  どうなってこの状態になったのか、あまり記憶がない。  ただ、衝動的に暴れて強引に抑え込まれた記憶がうっすらと残っているから、そういうことなのだろうと納得した。  羽織っていた白衣はなく、下に着ている薄い服のままでは寒いと感じてしまう。  一つくしゃみをして、傍にある毛布をかぶった。  洗濯自体はされているようで、変な臭いはない。 「……く、ぅぅ」  今まで持たせてきたフラットな思考が崩れている。アレグリがナッヂァを死に追いやったという自白のせいで、ひどく不安定だ。 (師匠を、あいつに、殺された? なんで、そんなことやったんだ)  目的も感情もあまりに明白で。  分からないことがなかったからこそ、愚かしいと思うし。  自分の行動に疑いがない言動が吐きそうなほどに気味悪い。  それよりも、それを知らずに生きていた自分にも嫌気が差す。その上、ローグに顔向けできなくなると考えると。 (家族を奪った男の孫だなんて、いい気しないだろ……)  怨恨のみに感情が向かない。  それだから、動けなくなる。 「……やっぱり、来ないで……」  助けてほしかったのは、事実だけど。  それすら後悔になるなら、殺された方がまだいいと思うのだ。
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