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 瑠璃くじらの潮噴きを見たことはあるよね、とそんな言葉があまり頭には入っていなかった。それよりも当座の生活費の心配が大きく占めている状態だったから。 「……あー、そうだな」 「じゃあその中身を検めたことある?」 「んー? ないかも」 「生返事はやめてくれるか?」 「おう、そうだな」  蹴られた。左の太股に廻し蹴りはなかなか痛い。ローグがしばらく蹲って痛みに耐えている状況でラツィリの両手が頭を挟むように抑える。 「もう関係者なんだから、ちゃんと聞いてくんないと困るんですよー、おにいさん?」 「痛いから。わかったから。放して」  道の真ん中で変にじゃれている姿は、やや異様だろう。  立ち上がると通りがかった車の運転手が何ごとかと様子を窺っていた。  まあ、見知った顔なんだけど。それでも変な表情をすることもないだろうに、どういうことなんだろう? 不思議なままでいるとラツィリが袖を隠していることに気付いた。  ヨーマンディの社章を見られたくないようだった。 「そいや、君、歩き?」 「んや、ちょっと降りたところに車を停めてる」  私物だから、あまり乗り回すのもできないんだけどと言っているが。  ローグは「追われてるわけでもあるまいに」と軽く笑った。 「追ってくる奴は居るんだけどな」 「逃げられないだろ、今は」 「まあねー。くじらが墜とされた理由もよくわからないし」  墜とされたなんて表現に不思議を感じた。機器の故障による機能停止ではなく、誰かがくじらを壊したと受け取れる言い方だ。 「ローグ、前回この周辺で雨が降ったのはいつ頃?」 「え、っとー……一週間前、十日くらいか? それくらいだと思うけど」 「そう。だとしたらその辺りで攻撃されたってことかな」  攻撃ったってそんな大仰なものがあったら、誰かが気付いていそうなものだけど。  数日間、街中で不審な音を聞いたなんて話もないし、報道なんかも出ていない。 「別に砲撃を受けたとかそんなんじゃないよ」  ネットワークから細工されただけだろうし、とぼんやりしながら考えている。今度はラツィリが周囲を見ずに思索にふけっているようだった。  彼女が言うには、瑠璃くじらと同様の生物型機器が地球上を周回しているらしい。それをまとめるネットワークがあり、そこから弄られたというのだ。 「自社サーバーだから、外部の誰かがってのは考えづらいか」  考える時には白衣の袖を振り回す癖があるらしい。オーバーサイズの上着の意味はわからないけど、暑そうではある。  それにしても、とローグはラツィリの横顔を見ながら思った。  ――――俺よりも年下のように見えるけど、本当に社員として動いているんだろうか。  ローグにしたって、未だ成年に達したばかりの若者だ。  それよりも若いとなると、大部分が学生でなければ不自然とも思えるような。  現実、この時代では学歴と言うより高卒程度の資格を持っていないとまともに生きられないような認識がはびこっている。ローグでさえもそこを半ば無理にパスしたようなものだ。  ――――丸っこいとか、猫みたいな印象。  ――――言っちゃえば幼いのか、見た目だけなら。  それでも眉を寄せて考え込む表情に、少なくない気魄が混じっている。経験を感じるのだ、と理解するとなかなか面白く感じる人物だ。 「ローグ、訊きたいんだけど」 「ん?」 「街にあるホテルとか、案内してくれ」 「……んー?」  どういうことかと訊くと、急いで来たものだから予約も何もしていないらしい。旅行でもないから、というか故障して墜ちているなんて想像もしていなかったから、逗留することを考えていなかったとのこと。 「街の中っても、そう大きくもないんだから簡単に見つかるだろ」 「デザインがわかりづらくて見つからないんだけど?」  じとり、と責めるような視線を向けられる。確かにこの地域の建物はあまり凝ったデザインを嫌うが、それも渇いた地形と強い日光を弾くための平坦さでしかないし。  とりあえず、そこまで案内して帰ろうと思った。  変に事件続きで疲れているのを、三日たって自覚したのかと呆れてしまう。
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