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アイルは街に着いて早々に迷子になった。
「こういう時に何やってんだよ……」
仕方ない話だけど、とローグは溜息をついた。本来の目的はラツィリを捜すことだし、それはやはりローグ自身が行うことに意味があるのだから気にしないが。
連れてきてくれただけで充分すぎるほどにありがたい。
集合場所というか、車を停めた場所を分かっているならあとは勝手に土産でも買い漁っているだろうさ、そんな風に楽観的だった。
「言葉が分からないから不安だな……」
ラツィリがローグたちと話せていたのは、言葉を分かっていたからだが。
数千キロ離れた場所ではそんなことがあるとは思えず。
手元の端末にある翻訳機能を頼るほかになかった。
有料の翻訳ソフトならば、精度が高いだろうけど今はそんなことしていられない。
「まずは手がかりを探すことからか……。新聞なり雑誌なりあればいいんだけどな」
国外ニュースよりも現地メディアの方が詳しいだろうからとあちこち見て回ることにする。幸いにもよく整備されていて、街の様子は詳しくなくとも理解できる。
(意図的に古いままの街並みを保った都市圏、って感じだよな……)
何かそうした方が良いという思想なのか。
ガス燈を模した街灯の中に、妙に色数の多い灯りを見つけた。以前にラツィリがくじらの奥に組み込んだエーテル組織に似ていると感じるが。
「ラツィリが、と言うよりもヨーマンディが技術を抱えているのかな。でも他のぎょぐん機にはEaDtLは搭載されていないと言ってたはずだけど」
師匠が考えた、とか言ってたか?
爺さんの仕事であれば、他に共有されていないのも判るが……。
「んー。まあいいか」
ラツィリが少し前に送ってきたメッセージ。
実際にローグが受け取ったのは、「瑠璃くじら」の改修用図案だった。工房ではラツィリはくじらを修理していただけで、この構造に作り替えるところまでは手を付けていなかったらしい。
いなくなった後のこと。
ラツィリはローグにくじらを託したのだと思う。
師匠。ナッヂァの跡を継げる、と信じているのかもしれない。
「難しすぎてわかんねえんだよ、俺には」
放られても困る。それをちゃんと解説してもらわないと、何もできない。
捜しに来た、から連れ戻しに来た、に理由が変わっているのだ。
たといローグが同じことをしたいと思ったところで、もう教わることはできない。
だとしたら、ラツィリに教わるしか手段がない、と思っている。
「それと同じくらいに、か」
必要だという言葉の意味。
きっと技術だの職業だの、そういうことばかりでもない。
あの一月で、やけに馴染んでいた生活。以前にも一緒に暮らしていたかのような。
「書店見っけ」
街の中に埋もれるが如く、緑色の枠で囲われたガラスの扉。
地元で見ないような洒落た雰囲気のディスプレイ。
置かれた雑誌の並びの中に、機械メーカーの特集があるようだった。
手に取って何の気なしに捲っていくと、ラツィリのページが見当たる。
『幼少期から開発に興味を持ち、十になるより前から実用的な製品に携わっていた………………十年前に運用開始された瑠璃くじらは独自の…………精巧かつ頑健な造りにこだわりを持ち、ナッヂァ・ミノラーレの琥珀いるかをベースにしつつ…………』
翻訳をしながらの斜め読みだったが。
とんでもねえ奴だな、が率直な感想だった。
そして硬質な紹介文が、本人の弾力のある雰囲気と合致しないのもよくあることなのか。
「写真は特にないな。顔出しはしてないのかな?」
一枚だけ載っているが、どちらかと言うと工房に居る祖父の方が目立つものだ。
ってか、ラツィリ写ってなくね?
爺さんの方を見せたかったのかな?
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