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「らちー、そこまで言われること、したかな……?」  自分の寝言を半分だけ聞いて目が覚めた。それをどう思うのかはともかく、そういう感情があったのは確かなのかな、と身を起こす。  時計がないと時間の感覚がわからなくなる。  メンタルもズレるし、その所為で思考もおかしくなっていく。  きっとそのためにこういう場所を用意しているのだろう。  自分にあるものとのみ向き合うのも意図だろうか……、それより腹が減ったな?  空腹に鳴る音に息を漏らし、そして壁の向こうに何かの音を聞いた。  こん、こん。何かがノックしている。音の位置が少しずつズレているが、ラツィリの居る場所を知っているような動きだった。 「なに……?」  普通起こりえない現象に、心臓が強く拍動する。  音の辺りを見ているうちに、がんがんと音が鳴りはじめ。壁に複数の亀裂が見えてきた。  思わず壁から離れるように動いていた。  その音に反応したのか、出入口の方からも人の声が聞こえた。不審、と言うよりも、  どごんっ! 「お邪魔しまぁーーーっす!」 「わあぁぁぁぁぁーーーっ⁉」  破裂するような音とともに、亀裂の辺りから壁が弾けて崩れ落ちる。  粉塵になったコンクリートの煙幕が拡がって薄れていくと。 「お、目測あってたな。無駄手間にならなくてよかった」  ローグの姿。こんな場所にいるわけもないのに、なんの幻覚を見せられているのかわからない。それとも自分の都合のいい妄想なのか。 「……? え、なんで?」 「なんで、って。そりゃあ連れ戻しに来たわけだしさ」  言いながら懐から白い何かを取り出して渡してくる。  普段着ている白衣、防護服だ。 「一枚だけ、置き忘れていったろ。着ておいた方が良い」 「じゃなくて、こんな無茶なことする意味が無いって」  ローグは答えないで、ラツィリの腕を引いて立たせる。不思議なくらいに脚に力が入らないのは、動かなかったからばかりではない。  しかたないとローグはラツィリを脇に抱えて、壁に空いた大穴を潜っていく。  来た時には見当たらなかったが、裏に通路が通っているようだった。 「さあ脱出。とっくに見つかってるから、フード被って丸くなってた方が良い」 「見つかってんのか!」 「ダクトにセンサー張ってるなんて思わんじゃんよ」 「どっかの映画みたいなことしてんね……」 「楽しかったけどね」 「楽しめる感性は感心するけどさ」 「それ以上に引き返す理由もなかったし」 「来なければそれでよかったのに」 「ふざけんな、あんな遺書なんか受け取れるか」 「突き返しに来たってこと?」 「読み方わかんねえんだよ、教えてくんなきゃ」 「君、師匠には何も教わってないの?」 「弟子じゃなくて孫だからね。そういう関係性でなきゃ技術を漏らすのは駄目だとよ」 「ああ、そういうところ厳格な人だったね」  武芸的な在りよう。どこかで言われるような一子相伝ってものなのかもしれない。 「だから、ラツィリに解説してもらわないと意味がわからない」 「……ふふー」  含んだような笑い声。ローグは気にしながらも問い質すことはできなかった。 「なんか、それもいいね。家族よりも身内らしくて」 「……そうだな」  走りながらだからか、ローグの息が切れている。それでも戻り道を知っているかのように進路に迷いがない。 「いろいろな人の手を借りたよ。大事な人たちだ」  今こうやって生きて走っているのも、と言う。ローグの周囲は、人材に恵まれているようだとなんとなく思って、思い返せばそうだろうと得心しかない。 「みんな、ラツィリのことも心配してたよ。特に」  言いかけて、ラツィリの視界に映る倒れた人々に気を取られる。死んでいるのかとぎょっとしたが、眠っている様子が仰向けの人物の顔を見れば判る。 「…………そういえば、向こうの方で変な服装の人を見たな。身内だって言ってたけど、どうなの?」  妙に露出のある、派手な和装のような服装だったらしい。  そんな趣味のある人物に心当たりはないけど、とラツィリは思うけれど。  マゼンタの長髪、前髪で隠れた片目、細く長い鳶色の眼、牙を思わせる長い犬歯、尖った印象を持たせる体格、その割に柔軟性をアピールする挙動。  そこまで言われて、ラツィリは姉のことだと察した。  そんな服を着る趣味があったとは、知らなかったが。 「思い当たるところ、あるみたいだな」 「それなりにね」 「ついでに眠らせてきたけど、平気よな」  ラツィリは答えない。殺されそうになった相手を殺さずに済ませるのには、実際には懐疑的だったからだ。  それでも、今の段階で大ごとにしてしまうと余計なトラブルにしかならないのを分かっていたから、応えなかった。 「出口の場所、わかるの?」 「無理矢理に突っ込んだ。命かかってるとそれくらいは出来るみたいだな」  感慨はない様子のローグに、そうだろうねと返すのみだった。
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