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「ごめん、旨そうな匂いにつられて買い漁ってた」 「寄り道してんじゃねえよ緊急時に!」  アイルが車に乗り込むのは、なぜかローグたちが戻ってきた十秒後だった。ここに付けてからもう一度買い出しに出かけた、というのだから結構暢気なのかもしれない。  行って帰っての間が二時間ほどあったというのなら、まあ暇を潰しに行くのもわからなくない話だけど……と考えるラツィリの耳に、ばうんっばうんっ、と重い音が響いた。  車の前、キャビンを曳く牛が地面を踏み鳴らしている。 「衝撃来るから、身構えろよ」  アイルの声に従って身を固くした直後に、牛が勢いよく走り出した。  初速がどれほどかも分からないけれど、そこからぐんぐんと加速していく様子。  市街地をあっという間に抜け出し、もっと速くなっていく感覚に、ラツィリはぶるりと身震いしていた。 「これからどこに向かうんだ?」  ローグが問い掛けた。 「俺らはラツィリを連れ出したら、町に帰るかって話してたんだけど」 「……それじゃあいたちごっこでしょ、このまま大陸を渡って南の方に行ってほしい」  要求してきたルートは、海岸線に近い道を辿るもの。  そして。 「上昇海流のある場所に向かいたいんだ」 「行って、どうする?」 「知ってるくせに」  ラツィリは笑っていた。気の抜けた顔なんてあまり見たことはなかったが、それでも小さい頃に見た黒い髪の少年のものと全く同じ、溶けるような表情が印象的だ。  知っていたわけでなく。  思い出したんだ。  そして、変わっていた。 「小さいときに遭っていたよな、やっぱり」 「気付いてなかったんだ、予想通りに」 「見た目が全然違うし。男だと思ってたから」  髪の色が抜けてしまっているなんて予想できない。何があったら、そんなことになるっていうんだ。銀色に近いグレーの髪も、それはそれで綺麗だとは思うけど。 「よく言われてたよ」  高速で走る車の揺れに慣れたのか、ラツィリの肩から力が抜ける。  キャビンのメインスペースに並んで座り。アイルが買ってきた食料で一時的に腹を持たせていた。 「……。これ、食べたことないな」 「そうなのか? 俺でもうわさに聞いたことがあるくらいの知名度があるのに」 「あまり触れてこなかったからね。ローグのとこの食事が馴染むくらいだから」 「そうか……」  修業時代とでもいうのか、その頃の方が良かったのかもしれない。
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