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 恨んではいないんだと強がりを言うほど、ヨーマンディの内情を知って不快感に呑まれていないわけではなかった。ローグの祖父に関わる技術の鬩ぎあいと、社会インフラシステムの独占運用の論争。  何より世界がじりじりと衰退していくことに対して、改善しようとしないトップの異常性、もしくは排他性ともいえる醜さに、常に世界のあちこちで紛争が起こっているのは事実としてあるわけだから。  その中でとりわけ中心に近い場所に居たナッヂァ・ミノラーレがアレグリに対して働きかけていたこともラツィリは知っていた。  幼少期のラツィリがそんなナッヂァに懐いていたのも、方向性としてはアレグリに賛同できなかったからであり、中心に、核心に近い場所に居ながら靡かなかったことにナッヂァも期待を寄せたからかもしれなかった。 「師匠は、研究データを持ち出さなかったから。離れたその時点で咎められなかったんだよ」  それでもEaDtL、水の中にエーテル質を混ぜ込ませて生命を強化する機構を組み込むことができたのは異常だという。 「頭の中に何もかも詰め込んで、地元に帰ってからそれらを一つ一つ手書きで写した、って言ってた。だからどこかが間違っているだろうし、事実その通りにしてもうまくいかなかったんだって」 「それじゃあ、今の瑠璃くじらに積んでいる奴は?」 「私が修正しながらでっち上げた奴だよ。不完全だし、やっぱり姑息的にしか運用できない」  攻撃を受けて、修理している間に完成させることも目的だった。そう言われて随分と時間がかかっていたなという違和感は解消される。  ローグにしたって、機器の修理だからといって一月かけて何も進まないなんてことはありえないと感じていたから。 「それで? ラツィリさんはローグの爺さんの死が自分の所為だ、だなんて言ってたけど。近くに居た僕らにはそうは思えないんだよ。ローグだって知っているけど、よくある原因で年齢相応に生きて亡くなったって感じてるし」  老衰って訳じゃないけど、結局は大往生だったと思っている。  きっとローグの周辺ではそういう風にしか思われていないんじゃないかな?  そんな指摘に、ラツィリは言う。 「そこじゃないよ。うちの爺、アレグリ・ヨーマンディは師匠の周辺を時間かけて焼いていったんだ。正確には焦がしていった、っていうのかもだけど」  ローグの両親のことだって、ローグの進路と職業のことだって、職場でのことだって。  そればかりでなく、彼の知らない血縁も親族も、何かしらの影響を受けている。 「地域で孤立はしてなくても、血縁を見えないところで失っている。毎年一人二人と違和感のある死に方をしていたら、気付くでしょ」  あれは、そういう生き方をしていたんだ。  アレグリ・ヨーマンディは、そういう陰険なやり口でしか生き残れなかったんだ。 「性質の話であって、性格の話じゃない。それでも性根も既に染まりきっている」  語りながら、ラツィリは俯いてしまっていた。額に当てた両手で、顔を隠して。  こちらを見られないだろうことは、ローグにだって簡単に察せられる。責任感に苛まれるなんてのはよくあることで、それがあまりに重いとなると。  ローグは、別に気にしていなかった。  祖父が死の前にあっても憔悴する様子はなかったし、それをただ隠していただけだとしても、気付いていないなら何も思わず生きていられた。  ラツィリがローグに負い目を感じることなどないと分かっている。  それでも、頭を下げるしかできなかった。  ローグだって、そんな行為をラツィリには求めていない。  だからこそ、その謝罪を彼女にしてほしくはなかった。 「……やめてくれよ」  きっと、五度目。  辟易した、そして弱々しく、懇願するような声音にラツィリが逆に反応した。  ゆっくりと顔を上げて、ローグを見上げる。 「よくわかったよ。痛いくらいわかった。だから、君がこれ以上、爺さんのことで謝る必要はない。……おかしな奴の責任まで、被ることないよ」 「うん。それは、そうだけど」 「だから、まあ。行き遭ったら二、三回くらい殴れればいいかな」  そんなんで性根が治るとも思えないけど、そいつについてはそれでいい。  ローグははっきりとそう言った。  それでいいというなら、これ以上言及することもできない。それでもラツィリは気が済まないのだとローグは読んでいた。  というか表情にそのまま書いている。  確実に、そういう気休めが通じないタイプの人間だ。  頑なだな、そう思ってもいきなり撤回してくれるわけもない。  しばらく考えて提案してみる。 「ラツィリは、アレグリをどうしたい? それを教えてくれれば、俺はそれを手伝うよ」  目を逸らされた。  なるほど、と思った。  そして宣言した。 「やっぱりさっきのは無しだな。俺がアレグリ・ヨーマンディを潰すよ」 「え、どうして。君がそんなことする必要なんか」 「あるよ。わかっているくせに」  反応はない。向かい合って座っているのに、彼女がどんどんと離れていくような感覚を得ていた。後ろめたい心持ちは、すぐに消えるものでもない。  でも、そのまま見えなくなるまで離れていくのは嫌だった。  ローグの我が儘だとしても、ラツィリを引き留めたい欲求を優先しただけだ。 「俺だって関係者だしさ。あんな話聞いたらやっぱり「爺」を恨むよ? 穏便に済ませるのをやめただけだよ」  その方が、きっと後腐れは少なくなる。  そして、今はラツィリの目的を邪魔されたくない。 「わかった? じゃあ脚出して」 「え?」 「右脚だよ」と言いながら、ローグは近くにあるバッグから何か工具のようなものを取り出す。「足首のそれがチカチカと煩くてかなわないから」  銃に似た装置なんて、異様だとも感じるラツィリ。  同様にローグも、なぜ位置共有を疑いもせず続けているのか不可解が過ぎた。 「逃げてるんだからいいだろ、壊そうぜ」  見れば、通常の発信に合わせて青色のランプが灯っている。それが普段と違う挙動なのはわかるけれど、取り外せないからどういう意味なのかが分からなかった。  そう言ってみたラツィリに、ローグは「刷り込みって怖いなあ」と感想が漏れた。 「刷り込み?」 「どうして外せないと思い込んでいるのか、だけど」 「そう言えば、そうだね」  考えてみれば、物理的にロックが掛かっているわけでもない。  外したところで位置情報が動かなくなるだけで、それ以上のこともない。 「外したら爆発するとか? 小さな爆薬くらいなら、人の足首砕くくらいできるだろ」  横合いにアイルの指摘。  ローグはそれにぎくりと固まった。  ラツィリも同じように停止し、顔から血の気が引いている。 「古い映画の知識だけど。今なら別に不可能って訳でもないはずだ―――僕でだって、そういう爆薬の知識くらいあるんだからさ」 「心底で外す気にならなかったのは、そういう危険性を――――」  分かってたからかな、と続きそうなセリフの途中でラツィリが急に震えあがって身体を縮こまらせる。 「………、ぁ」  何かを思い出したような、そんな行動。 「……師匠にも、同じこと言われてたんだ。忘れてただけで、印象に残ってたけど」  同型の爆弾で首を吹き飛ばされた事例を知っている、と。  ナッヂァが直接その目で見た、と。  だから、それと同じかもしれないから、決して外してはいけないよ、と。  いつ頃なのかは、憶えていないらしいけれど。 「半日走って、その辺りの街で何か買おうか」  車は既に、時速百キロに届く速度で走っている。滑るように疾走する白い牛だなんて、どこかの神話にでもいそうなものだとアイルが何の脈絡もなく考えていた。
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