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「痛いんだけどー!」 「一時の辛抱だよ、騒がないで」  アンクレットの隙間に、シリコンの板、その下にタオルとかジェル素材のバンドだとかを詰め込んでみるのは一苦労なのだが。  血行が止まって長時間は維持できないのだから、手早く終わらせなければと思って焦るのは当たり前で。 「この上から耐衝撃の箱で覆うんだ、破片が散らないようにさ」 「怖いんだよ……」 「俺もだよ」 「僕もだけどな」  下手を打てばラツィリの右脚が吹き飛ぶ、そんな危険性にビビらない方がおかしい。  脚を守るように固めながら、手術中の外科医ってこんな心境なんだろうかと二割ほど思考が逃げていた。  限界ぎりぎりまで固めて、衝撃吸収もできる限り対策して。 「外から装置を壊すだけだな。ローグも手袋付けて手首までのやつ、これだよ」  がっちりと覆った手の先に、工具を握る。  高熱の風を送るヒートガンににも似ているが、実際にはスタンガンとかに近いものだ。強いマイクロ波を瞬間的に照射して回路を焼き切る、と言う方が近い。  何故か家に置いてあった脱毛器にも近いだろうか。  あれを使ってみたときに、ばちんばちんと肌を打つ感覚が面白かったのを覚えているが。  爆薬があったら、照射の瞬間に爆発する。 「カウントいくよ、5、4、3……」  ラツィリの身体にくっと力が入る。  トリガーを引いた瞬間、発信器を覆う箱が大きく跳ねる。  衝撃。  それが音になって耳に突き刺さり、爆風も爆熱も受けていないのに弾き飛ばされる。 「……っ痛ぅ」 「んぅー……」  直接、衝撃を足首に受けたラツィリの方を確かめる。詰め込んだいろいろな素材が、ほどけたバンドと一緒に床に落ちている。  脚の方は軽く鬱血しているくらいで、致命的に損傷しているわけではなかった。  確かめるように触っていると、くすぐったいと怒られてしまったが。 「本当に爆弾積んでるとは思わなかったんだけどな」 「うん……、フィクションばかりの与太だったら良かったんだけどね」  助かったと礼を言われ、アイルもそれを受け取った。  位置を追われることも無くなったが、それはそれとしてなんだか周りが騒がしい。  窓の外にトカゲのようなものが見えた。この速度で走る車に併走できるなんてのはそうそう居ないはずなのに、一体?  疑問しかない。  まるで恐竜のような姿で、こちらの車を曳いている牛を狙うかのような動きだった。 「捕食対象だと思われてそうだな」  それよりも古い時代の生物が、こうも平然と存在しているのかが不可解だ、とローグが言う。  それに対して、ラツィリは古代生物じゃあないよと返してきた。 「現代の気候に適応して出てきた個体のはずだ、ここ百年以内のことだから全然数は少ないだろうけどね」  地球全体の気温上昇に合わせた変異個体、ということらしい。  それが偶然に恐竜と似たような姿を取っただけで。 「収斂進化に近い何かだと思う。隔世遺伝(先祖返り)では決してないよ」  二足で走り回る大型の爬虫類。  大型の恐竜であれば、そういう走り方をしていたと知られている。  有名なティラノサウルスなども時速数十キロで走って捕食していたとかなんとか、とラツィリが曖昧な生物知識を持ち出している。  専門でないから詳しい知識があるわけではない、と言うけれど。 「今はそんなこと言ってる場合でもないんじゃない? 襲われかねないよ、この速度でも」  悠々とついてこれている時点で危険な状況なのは確かだが。  ローグはさっきまで手に持っていた工具を向けてみた。銃に近く、狙いを定めるには充分だが、マイクロ波を十メーター離れた位置から撃ちつけてどうにかなるものなのかは怪しい。 「目を狙えば時間くらいは稼げるかな」  トリガーを引き続けて、照射される電磁波の位置を調整している。  ただ、どちらも動いている上に効果が出るまでに時間がかかってしまうので、むしろ挑発してしまうだけの結果になりかねない。 「いや、これを……」  ローグは窓から撃っていたマイクロ波を止める。  同時にアイルに鞄の中から持ってきてほしいものを伝えた。  分からなかったら、鞄ごと持ってくればいいなんて言い方ではあったけれど。そもそも目的のものが分かりやすい形状というのもあって、すぐに手渡された。 「……え、ローグ? それで何をする気?」  反応したのはラツィリの方だった。当然と言えば当然、彼女がよく見て知っている「くじらの部品」を構えたのなら、困惑したような聞き方にもなろう。  それよりも見ろよ、とローグは車の後部を顎で示した。  アイルとラツィリは言われるままに視線を移して、目を丸くする。 「なに、あの数?」 「さすがに目を引いたか。こんな速度で駆ける牛なんて、物珍しいとかじゃないからな」  きっとそればかりでもない。乾燥している地域に居ると、僅かな水の気配に敏感に反応してしまうのかもしれないとなんとなく思った。 「じゃあ、牛の冷却水が漏れ出してんじゃないの? メンテしないと駄目だって!」 「あとでやるから。そん時に頼むよ」  ラツィリにしかできないことだが。  無謀なことをしてるな、と改めて実感していた。  それを振り切るように受け取った装置のスターターを思いきり引っ張る。なんだかチェーンソーの起動に似た動きだと思った。  キックバックに近い衝撃が手首に沁みる。 「時間掛かりそうだな、湿度もないから辛抱だ」 「どうする、群れが近づいてきてる。間に合わなさそうだ」  アイルは手持ちの道具を漁っているが、手立てはなさそうだった。  そんな焦りを落ち着ける様子で、ラツィリが耳打ちしていた。何かを要求されたか問われたアイルは、もう一度何かを取りに行った。 「喰われかける経験なんてないよなあ」  ぼやきながら、首元の送風機を外していた。そこにアイルの持ってきた電池を繋いで、何かの袋を括りつけて放り投げた。  後部の扉を閉めた後に、袖口のスイッチを押下すると。  ばんっ! と破裂音が響き、白い煙幕が拡がっている。  それに驚いた群れの一部が速度を緩めて、ほんの少し距離ができる。向こうもこちらも最高速度で走っているらしく、要は根性勝負みたいなことになっているのだが。  水があると狙ってくる生き物たちの本能なのか、諦める様子があまりない。 「距離ができた方が好都合だ……!」  ローグの呟きとほぼ同時に、装置の真ん中に蒼く光る水の塊が集まっていく。  集まりきり、最大の球体になった瞬間に後方に砲撃のように撃ち出された。砲弾のように水の塊が飛んでいくのではなく、ホースから流れるように連続した水流だ。  弾ける大量の水しぶき。  言葉の響きとは裏腹に、重い塊を叩きつけた地響きが全身を震わせる。  鉄砲水に風情なんてあるわけもなく、降り注ぐ水がにわか雨のように周囲に飛び散るばかりだった。 「高圧散水ドック。外したままになってたんだ……忘れてたな」  ラツィリがそう言ったころには、後ろから追いかけてきていた生物の群れは押し流されてしまっていた。  難を逃れた個体でも、すぐ近くの大量の水に気を取られていることだろう。  追いかけてくるものは見当たらなかった。
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