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「厄介だよ、これでまたバランスが崩れた」 「仕方ないだろ、緊急回避のためなんだから」  だろうけどさ、と返ってくるかと思ったけれど、ラツィリは別の方向に視線を投げて黙っているばかり。ぼんやりしているわけでもなく、それでも焦点がかなり遠い場所にあるのは見てとれた。 「……ま、根本を解決すればいいのか」  納得したのか、再確認したのか。どちらにしたって、これからやることが変わるわけでもない。  地球の南方にある大洋の一つ。  真ん中にある上昇海流のある場所は、半径二千キロが立ち入り不可とされている。  迂闊に人が近づくと危険なのは誰でも判るだろうが、そこまで広範囲に制限を設ける意味は、ローグには腑に落ちない部分でもあった。 「三日も走れば見えてくるでしょ、地球の球体としての視角とかお構いなしだもの」  宇宙にまで昇っていく水の流れ。  それがどれほど埒外のものなのか、言われても実感が伴わないのは。 「訊きたいんだけどさ、海流とかで宇宙にまで届くエネルギーって生み出せるものなの? 人類だったらロケットとかで金属塊そのものって感じの重量を持っていけるけど、自然だったら間歇泉とかそんなんだろ?」  どれだけ規模がでかくたって、水の流れを集めたところで重力を振り切ってしまえるほどの力は出ないんじゃないのか。  アイルの質問に、ラツィリは考える素振りを見せた。  実際に起こっている現象だから、できているのだから仕方あるまい(なっとるやろがい)、なんて返したところで意味はない。  理由を訊かれているのは明白だ。  考えているようで、実際は迷っているだけなのだけど。 「…………前例がないからね。仮説の域を出てないんだけど、地球の潮噴き、って言ったら判るかな」 「潮噴き、って鯨とかがやる呼吸のことだよな」  そう、と頷いて。  でもどうだろう、と自身はなさそうだった。 「それに似た現象は過去にいくらでもあるよ。自然現象全部って言っても問題ないくらいのものだけど」  前にも言っていた、地球のバイオリズムという言葉。  惑星それ自体も一つの生命体だ、というのはよく聞く言葉だけれど。それでも意思を人類が感じ取ったこともないし、意思疎通ができるわけでもない。  人間が自分の腸内細菌と対話できないように、きっと存在の質がズレている。  それでも共存関係にあるのだから、無碍に扱うのも不可能なことなのだ。 「地球それ自体が体調不良の反応を見せている、ってこと?」 「何か不摂生でもしてたのかな、とか。具体的なことは何もわからないけど、中に居る私たちには大問題なのは違いないでしょう」  ヨーマンディがそれに対処していた。  だからといって彼らが免疫なわけじゃない。  そもそも彼らにも、問題を根治することは出来ないはずだ。 「師匠がそれを知るために、琥珀いるかを作ったって聞いた。EaDtLも臓器を参考にしてるって」 「臓器って、そんなものがあるんだ」 「ローグにもあるでしょ、大怪我とか病気とかしてないなら」  該当する部分はどこなのか、と聞いたら。  複数あるしその統合だよと答えが返る。 「…………じぃ」 「なんで腹の辺りを凝視してんの?」  問うても、反応がない。ただ、同じ場所を観察しているだけだが、その内両手で軽く叩くように確かめ始めた。  袖を振りながら、手を出さないでぽんぽんと叩く。  スイカでも吟味しているような手つきだった。 「……よく育ってる」 「農産物か何かか俺は」 「人なんて食べるとこないよ」 「そういう話をしてるんじゃなくてな」  騒いでいるうちに、牛の速度が落ちていく。急停止しないだけ良かったものの、メンテナンスで結構な足止めになってしまいそうだ。  仕方ないことだけど。
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