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 逃げ出したことがバレたことで、結構な騒ぎになっているらしい。  ただ、明確な罪状があるわけでもなく、刑事事件として扱うかどうかも判断ができないような状況では詳しい話もまったく報道には乗らないようだ。 「……私だって、そこまでしてるわけないって解ってるし」 「外野はいくらでもないこと言いふらして叩きにかかるけどな」 「フーリガンだねえ。もう戻れないや」  暢気な口調だけど、顔が笑っていない。  ディスプレイの青白い光の所為か、余計に色のない顔に見えた。ネットで知られる範囲は広くないし、内情であればラツィリの方が詳しいので無駄な情報を仕入れる必要もなさそうだった。 「だいたい、インフラシステム乱して死刑ってなんだよー。自分たちで碌に管理もできないくせしてさ」 「してないのか?」 「今は全部AI任せだよ。人がやるより速いし正確だもの」  それはそうか、と得心する。現状のヨーマンディはただシステムを独占しているだけ、ってことになるが、そこに文句がつくだろうと部外者でもわかる話だ。  営利企業が世界の権限を掌握する、なんてよくあるフィクションの悪役だろうけど。ラツィリは嫌がるというより、内部から気付かれないように捻じ曲げようとしていたのだろうか。  そういう風に表現してしまうと、ローグと同じことをやっているようにしか見えない。  相手にする規模が違うだけで、割と似た者同士なのかもしれなかった。 「疲れた」  ふらふらと歩いていき、近くにあったベッドに倒れ込むように飛び込んだ。  人が居た形跡は見当たらず、モーテルの管理システムが自動で受付をしているだけだった。電源も自前の発電設備を置いているし、簡素な見た目にして維持に振り切ったイメージを持たせる光景だ。  ドアを開けたときにぶるぶると回っていた自動掃除機が寂しそうに見えたのは、錯覚だと思うけど。 「ぶえー、埃」  毛布を洗濯するまではできないらしく、積もった埃が舞い上がっていた。  巻き添えを喰らって咳き込んで。  しばらく換気で時間を取ってしまった。 「眠る」 「どうぞ、俺は警戒しとくから」 「要らないよ、部屋はロックかかってるでしょ?」 「破ろうと思えばできるだろうに」 「窓もないし、逃げる場所ないじゃない。入られた時点でおしまいだよ」 「…………」  自分から袋小路に逃げ込んだようなものだったか。  だから長居はできない、ということだが。ここにどのくらい滞在するつもりなのか、と聞いたら六時間くらいかなと言われた。 「最低限動けるくらいに回復したら、出るくらいでいいよ」  だからローグもお眠り、と促される。 「いや、寝る場所ないんだけど。シングルベッドひとつだろ? 三時間くらいで交代とか」 「まあそれでもいいけどね。どうせならくじらの調整もしときたいし……」  横になった途端に、ラツィリの眼がとろけ始めていた。疲労が溜まりすぎているように見えて、三時間で動けるとも思えなかった。 「……うー、まあいいや。ローグもおいでよ、半分空ければいいんでしょ」 「棺桶サイズのスペースしかないんだよな……じゃなくて、無理いうなよ。すぐ隣とか」  だったら別の居室を使えばいいだけだが、そう言えば何故か他のところがロックかかってて使えなかった。誰もいないはずなのに理由が不明だ。 「どうして? 昔は一緒に寝たこともあったよね」 「幼児期の話だろ。今は無理だよ」 「なんで? 何が違うの。なんにも変わらないよ」  ……あれ? おかしいな? 眠気で不機嫌になっているのか?  そうでないならこんな言動しないはずなんだけど……いや、どうだったっけ、俺が一方的にラツィリを意識してただけ? そんな馬鹿な……と混乱の方が先に出てきて眠気を抑えつけてくる。 「……ローグは変わっちゃったんだね? 残念……昔のこと思い出せたら、よく眠れると思ったんだけど」 「ぐっ……!」  痛いところを突かれたような。  泣き落としのようなやり口には、あまりに弱い。 「わかったよ、もう」  結局、疲れていたのは二人とも同じで。  横になってから五分も経たずに深い眠りに沈んでいった。
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