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 見たこともない生物が海流の周辺に群がっている。  水分が多い場所に集っているだけであり、遠い場所で生きられる生物は感想に強いというだけだ。 「しかし、海水が撒き散らされてるってんなら、塩害で植物が育たないんじゃないのか」 「この密林見ておいて、今更何を言ってんの」  目に映る現実の方が正しいのだから、そこに文句を言うのは違う。  一本道の長い道路をひたすら進んでいくこと数時間。  半分物見遊山というか、ただのドライブになっている気がしていた。ローグにしてみれば焦りの溜まる時間になっているが、ラツィリはどういう訳か遠足気分に見える。  実際は逃避行みたいなものだというのに。  互いに後のない状況だって言うなら、ここで揃って野垂れ死にしたってあまり変わらないのだけど。  だからってここまで暢気に開き直っているのはどうなんだ、と思ってしまう。 「もう。暗い顔になってるよ? もっと頭壊して楽しめばいいのに」 「無理。目の前の問題放ってて楽しめないよ」  堅いなあ、とラツィリは笑っている。  そういうのとも違うと分かっているくせに、どうして臆面もなく目を逸らせるのだろうか。……羨ましいと思うし、真似をしたいとは思わない。  違う人間であるというのは、そういうことなんだろうなと思う。 「生態系の変化が早いのはびっくりするけど、まあ当然だよね」  異常な速度、と言っても適応っていうのはそういうことなんだと言う他ない。きっと人間も、乾燥と高温に耐性のある個体を生み出すだろうし、なんなら既に居るのかもしれなかった。  変わっていくのか、変わらざるを得ないというのか。 「ん?」  視界が開ける。  その奥の方に太く白い塔のようなものが見えた。 「見えてきたね、あれが上昇海流だよ」 「ここからどれくらい離れてるんだ?」 「……区域に入った辺りだから、まだ二千キロはあるよ」  それほどの距離があっても、肉眼で捉えられる異常さには声も出ない。よく見れば、天頂に向かって伸び上がるわけだから、自分の真上に来るように見えるはずだ。  近い場所に行くほどに、それは威圧的だと感じた。  目的地は海上になるけれど、どうやって向かうのだろうかと不思議だった。  船なんて近づけるわけがない。  航空機なんて用意もできないし。  空を飛べるようなアイテムでもあるのかと考えて、そう言えばくじらが空中移動していたのかと思い当たった。 「千キロあたりまでは陸路でいけるから、そこまで行ってみよう」  いつの間にかラツィリは小型のコンソールを弄っていた。絶え間なくキーボードを叩き続けていて、見たことのない言語の画面が目まぐるしく動いている。  運転している最中にそれを凝視なんてできるわけがないから、何をしているのかと訊いてみる。  言っても分からないと思うよーと返されてしまった。  図星を突かれて反論する気にもならなかった。 「ローグの身体のこともあるからねえ。違和感とかない?」  いきなり何を言っているのか、と不思議だ。ローグには特に体調の変化は感じられないが、何か変なことでもされているのか。  不安、でもないけどなんだか足元の脆さを察したような感覚。 「どういうことかな」 「変なものが見えたりとか、変な音が聞こえたりとか」 「それ精神的に弱っている時の症状だよな?」 「遺伝的なのもあるからね」要らない反論と感じた。「特殊な素質持ちにも似たような傾向があるみたいだって十年くらい前にわかってるんだけど」 「へーん、糞みたいな凡人って言われたようで腹立つな」  嘘だ。  ラツィリが二十時間寝通しだったあの時。  ローグはそれよりも六時間は早く目覚めていて。  そこからラツィリが起きる一時間前まで、聞いたこともない叫び声で頭が割れそうになるくらいにおぞましい感覚に苛まれていた。  幻覚だったのか、よくわからない。  前後左右上下問わず、圧迫されるくらいに切羽詰まった金切り声で、文字通りに身体が裂けるんじゃないのかと怖くなったくらいだ。  どこかで見た絵画のように。  全てに拒絶されていると思えそうな。 「……変な顔。具合が悪いなら本当に言ってよ?」  なんだか妙に気にされている感覚だ、と不思議だった。いや、嬉しいのかな?  表情をじっと見ているラツィリが、なんだか形容できない顔を見せる。 「蝶にいさんにいろいろ送ってもらってて、体調の問題がないかなって確認してた」 「え……? ああ、そういうのも知ってたのか、あの人」 「ほんと、変な人だね。底知れないというか」  言い方に迷っている。  どうしてだろう?
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