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 アイルから連絡が来た。  どうやら電波の届く限界ラインに近いようで、受信に時間がかかってしまう。  ここから先は本当に二人で何とかしないとならないな、と覚悟を決める。けれどその脇でラツィリが焼き魚を二つ同時に頬張っている、間抜けな様子に意識がズレた。  懐かしいなあと愉しげなのはまあいいとしても。 「一人でここに来てたのか? ずいぶんと手馴れてるけど」 「十になるよりも前から、何度も来てるよ」 「……、強いなあ」 「そうでなきゃ生きていけないからね」  爺も兄姉も当てにならんし、と言うけれど。  そういえば、彼女の口から両親の話が出てくることが全くない。どうしてだろうかと思ったが、言いたくないだけなのかなと触れていなかった。  ローグにしたって、両親との関係が良いとは到底言えないし、触れられたくないわけでないけど。だからって自分から不用意に撒き散らすものでもないはずだ。  都合のいいことに、祖父母とテプシェン・ドゥミナインがその役割を負ってくれた。 「それにしても。でかいなこの魚、小型って言うけど鮭くらいあるんじゃねえの」 「生物は不思議と大型化していくんだよ、この環境。どういう理由なのか分からないけどさ」  一つ食べきれば腹も悠々と膨れるような大きさというのは、ある種楽ではある。  手間が少なくなるなら、短期間のサバイバルでも乗り切れそうだ。 「ローグ、シート張るの手伝って」 「はいよ」  ひとしきり終えると、作業の時間に入っていく。ラツィリは普段よりも口数が少ないように感じた。普段から何かを考え込んでいるようだったから、それが解消するまでのことなのかもしれない。 「…………」  透過迷彩シートの中で何かをしている。  その外で、ローグはひたすら身体を動かしていた。  自動車の運転で座りっぱなしが身体に悪影響だと思っていて、それを軽減するため、と始めたトレーニング。  あまり意味はないけれど、何か猛獣にでも出くわしたときに抵抗するくらいは出来た方がいいのかなと焦りが出てきたから、なんて理由もある。 「ボックスよりもヨーガかなあ、正確にはカラリパヤトゥって言うんだっけ?」  柔杖術(バーティツ)よりは扱えるからと昔に習っていたものを思い出していた。半端に武術に凝っていたのは誰の影響だったか、今更思い出すのも難しい。  数年単位で離れていたから、身体が硬くなってしまっているのを痛感して。  同じように全身に変な痛みがわだかまっている。 「……、国を跨いで人員を動かすのは暴挙だと思うがな」  最後の連絡に書かれていた、ヨーマンディの動き。ローグたちが向かっていった方向と同じ方に、彼らも向かっていったというのだ。  アイルは身を潜めてやり過ごしたらしいけれど。  あの牛をどうやって隠していたのかは興味がある。 「とにかく、早い者勝ちってところか。結局は拡散するよりも真っ直ぐ進んだ方が良いみたいだけど」  手近な樹木に脚だけで登ってみようと近づいたときに。  小さい鳥が目の前に浮かんでいた。地元の町に現れていたシラエワタと似た柔らかい見た目の小鳥。  だというのに全身が薄く赤色に発光しているようだった。  青色だったら、なんか別の意味でも持ってそうだったけどなあ、なんて思ってしまった。  まあ赤色でも悪いことはないんだけども、と思い直して。すぐ近くをゆったりと飛んでいる小鳥をじっと観察する。  飛んでいるというか、浮遊していると言った方が近い気もしたが。  タンポポの綿毛のような浮かび方を見ているうちに、ローグは自身の疲労とささくれ立った内心を落ち着けているのを自覚していた。  自分が思うよりも強いストレス環境に居るらしい。  こんな人の手がまったく入っていない自然そのもので、安息を得られる方がむしろ難しいものだと分かっていても。 「まあ、緊張を切る訳にいかないなら、それでもいいけど」  軽く手をついた樹の感触がいやに柔らかい。手で感じられる硬度は普段と同じはずなのに、それでも柔弱だと感じた。  なんだ……?  一瞬だけの困惑、しかし錯覚だと切り捨てた。  疲れで感覚がおかしくなることなんていくらでもある、それが今あっただけのことだろう。無理矢理でもない納得、今までにも同じような感覚を得たことは何度もあったというそれだけだったから、不思議でもなんでもないのだ。 「……、自分でも当てにならない感覚を引きずってるな」  一人であっても、そんなものだろう。  何もかも曖昧だなあ、なんて独りで笑っていた。
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