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「力ついたんじゃない?」 「火事場の力じゃあ、実力とは到底言えないよなあ」  そうなのかな、とラツィリは不思議そうだった。リミッターを外して出るなら、それが本来の力でしょうと言われると、認識の違いだとしか言えなかった。  二人で運んでいたはずの透明シートを一人で持ち上げて、車に仕舞い込む。 「くじらも粗方直せたし、あとで少し動かしておきたいな」 「ここじゃあ駄目なのか?」 「うん。もう少し開けた場所の方がやりやすくて」  森林の真ん中を突き進む現状で、どこにそんな場所があるんだろうな。そうは思ったけれど、いちいち言うようなことでもないと口を噤んだ。  大昔に立てられたようなエクスクラメーションのみが書かれた標識が置かれているのも不気味だし、離れたいのもあるだろう。  そのほかの危険、ね。  それがメインじゃないのか、と言いたげな眼は。  行く先に浮かんでいる翡翠色の河馬……カバ? に向いている。  なんでカバが空を飛んでいるんだ?  混乱しながらも一本しかない道路をひたすら進んでいく。 「気を付けて。カバは結構気が荒いから、怒らせない方が良いし近づかない方が良い」 「このまま進むしかないだろ俺ら」  縄張りを踏まないように通り抜けられれば、と思ったが難しい様子だ。  向こうに気取られないように、一定の距離を持って移動する。見えているカバの速度が遅いので、どうしても……と考えたところで視線がこちらに向いた。  ぎくりと身体を固めるより前に、ローグはアクセルを思いきり踏み込んだ。 「うわあっ⁉」 「喋んな、舌噛むぞ!」  急加速した直後に、カバがこっちに向かって突進してくるのが見えた。見えはしても、それを意識し続けることもできない。  限界まで速度を上げて、巨体が突っ込んでくる衝撃を間一髪で回避する。  走ってきた道路に思いきりタックルをかまされて、広範囲にわたって砕けたアスファルトが散乱していた。  後ろなんて見ることもできず、ローグは道を辿って全速で駆け抜けることに集中していた。人相手になら小技を使う余裕もあるだろうが、あんな巨大な獣にそんなものが通用するとは思えない。  レースゲームのような感覚。  実際に命懸けでやってみると非常に怖い。 「ぐぐ……」  カバの方は二十メーター級の大きさだ、一度こちらに向き直るのにも時間は掛かるだろう、その間に可能な限り遠くまで離れるのが最優先だった。  バックミラーに映る相手の姿を見て、間に合わないと悟った。  すでに高く飛び上がって、こちらの姿を捉えている。  隕石のような速度で飛んでこられたなら、避けようなんてない。  それでも走るしかローグにはできなかった。投げ出すのは違うと、その意見を返すなんてできなかった。  殺気が届く。  二人同時に、身体を震わせた。 「……なんで、急に!」  唸るような声で、誰ともなく抗議をしていたラツィリ。彼女が初めて経験すること、なんて異常性に震える死に際は嫌なものだったが。  翡翠色の死が迫り。  数秒後、自動車がなんとか横転せずに走っている現実に構っていられないまま逃げていく。確実に死んだと思ったのに、とぼんやりした疑念が生存本能に焼かれて見えなくなっていた。  ……。  走り去っていく乗用車を見届けるわけもなく。  殺気だったカバの注意は、すぐ近くにいる白色の龍に向いていた。  睥睨する目と、それを受け止める無機質な表情。  龍の起こした高圧の風によって軌道をズラされた、それがカバの方には気に入らない様子だった。
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