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 くじらの入ったボールを投げる。  そんなどこかのフィクションで見たような光景が現実に起こるとなんだか呆気ない。 「やっと、回れたんだ。だからここが、歓喜の岬って呼ばれてる」  きっと一つの到達地点だった、とそういう話のようだ。 「人類の最期の場所って伝説もあるみたいだけどね。楽園神話の対みたいに後付けで語られた説話、知らないかな」  それは、全く聞いたことがない。  酔っ払いの妄想話くらいに、どこにでもある話のようにも思えた。知られていないなら、そんなものが関の山、と諦観的に括っているだけだが。 「最後に残された二人は、どこかに居るだろう見知らぬ誰かに期待して、リンゴの木を植えたのです……って、大昔に師匠に聞いた」 「爺さん、そんなこと言ってたんだ? 俺は全く知らんぞ」 「まあ、その時泥酔してたし」 「やっぱり酔いどれのでっち上げじゃねえか」 「せっかくだから植えておこうか? 本当に」  種は持ってきてたんだ、と懐から取り出した種子のパッケージを振っている。  ローグは面白そうだからそれもアリかな、と応じた。 「ラツィリと二人で、ってのが良いだけだけどね」 「ん?」 「共同作業ってやつ。映像とかで見るだろ? 二人で一緒に、どこか遠い国の結婚式だかなんだかでそういう言い回しがあってさ、本当に手を添えてってことはほとんど無いんだろうけど」 「……、……」 「他人事にしないって意味もあるんだろうな、って思って」 「ローグの見てきたものがなんだか偏ってる気がするけど……まあいいか」  どうやるの? とラツィリは興味がありそうに問うてきた。正式な作法があるのかどうかはよく知らないけれど、見様見真似で再現してみようと変なノリのスイッチが入っていた。  …………。 「手を上下で握っておく必要あった?」 「嫌だったか」 「嫌じゃないけど、なんか別の意味合いになりそうな気がしたんだよねえ」  何かがばーんって弾けそうな、とは言っていたがその意味がローグには掴めなかった。  種を埋めた地面。盛られた柔らかい土を軽く押さえて、放した。 「ここで育つかはわからんけどな」 「この気候でって話なら、確かにそうだね」  それでも構いやしない。こんなのはただの遊びで、真面目に人類の終わりだなんて思っちゃいない。  本気で地球が自死でもしようというなら、それは仕方のないことだけど。 「……、――――」  ラツィリが後ろで待機している「瑠璃くじら」を見上げた。その視線の意味を理解しているのか、くじらは十メーターほど飛び上がり。  盛大に水を噴き出した。  散水機単体で動かしたときよりも大規模に見えるのはどうしてだろう。虹色に反射光を散らす温かい雨を浴びて、不思議な空気の匂いに脳が揺れた。 「うん、くじらの動作も正常に戻ってるね」  これなら、目的も果たせそうだと今までなく活き活きとした表情を浮かべているラツィリに。 「…………」 「ん?」  じっと見ているのも違う気がして、視線を逸らした。  きっとひどく不自然だとバレているだろう、そこまで誤魔化す気もなかったが。
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