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 そういえば、特にこれといった危険も少ないのにどうして人が入り込めないんだろうな? そう訊いたところ、ラツィリはよくわからないと返してきた。 「誰がどう決めた、っていう記録が抜け落ちてるんだよ。さすがに私が生まれる前の話だから、現場のことなんて記録を追うか当事者に聞くしかないんだけど」 「結局、ヨーマンディの関わりとかありそうだけどな」 「確実だろうね」  まあ現状で人の手に負えない生物が出てきている辺り、それも間違いと言い切れないとは思える。ただ、ローグは人の手で適切な管理をできていれば、また違った結果になっていたんじゃあないのか、とも考えていた。  そう言ってみたら、イフの並行世界のことかと分かってくれたようだ。 「気休めだったとしても、そう思えるのは良いことだよね」 「戻れないからなあ」  ぐ、と反射的に息を呑んだ。  何か危険な感覚が背中に走った、それと同時に振り返って射線上に割り込みラツィリを背に隠す。  広い平原の真ん中で誰かが狙っているような、妙な感覚だった。  肉食の猛獣だって言うなら、無機質な殺意を見せるわけもない。 「ローグ? 急にどうしたのさ」 「……、…………」  応じない。ローグの眼には強い警戒が灯っていて、それが明確に一点に向かっている。  今までには見せなかった険しい表情に、ラツィリも違和感を覚えていた。 「ああ、なんだ。ただの犬だったのか、君は」  聞き覚えのある声に、ラツィリはぴくりと耳を動かした。ここまで明確に反応を示すのも珍しいが、それがどういう意味なのかは判じきれない。 「忠犬、というには先走りが過ぎる部分もありそうだけども」 「……何だお前」  銀色の髪、ラツィリとよく似ていて、それでも根本的に違う。  長身瘦躯なんて頼りない体格のくせに、どこか凄みのある立ち姿。  全身を喪服のような黒色だけで統一しているからだろうか、シルエットだけで重いと感じたのは確かだけれど。 「兄貴!」 「兄貴だって?」  ラツィリの声に驚きもあり、しかし同量の警戒も含んでいて。  顔立ちは確かに似通っている故に、否定しづらい。  向こうは何かを呟いてから、ローグに視線を向けた。あまり遠い場所に居られると、会話すら難しいから近寄ってきてほしいところではあるけれど……。 「見つけたのがぼくで良かった。胡乱だと危害を加えかねないからな」  後ろをちらりと見遣る。おそらく追従していた何人かの人物が姿を見せる。  透過迷彩で姿を隠していたのが察せられた。小型のシートを作れば人体サイズのものを隠蔽できる、ローグが初めて見たときと同じ発想を適用している。  現れた全員が、ヨーマンディの社章をどこかに着けていた。 「捕縛、なんて荒いことはしたくないんだ、大人しくしていてくれないか」 「こんなに早く追いつかれるなんて思ってなかったな、どんな手を使ったんだか」  応える気がないのは分かっていたが。 「もしかして、結構前から尾けてたの? そうでなきゃ、ここをピンポイントで探し当てるなんてできないでしょ」  ラツィリの問いに、向こうはそうだよと返した。  いつから、なんてわからなくとも。そこまでしておいてここに至るまで手を出さなかった理由も不明瞭だったのは口にしない。 「位置情報は筒抜けだったってことじゃないか」 「それなら、もっと大人数で来てるはずだけど……」  相手の頭上に、見覚えのある姿。  白色に半透明の、長い蛇のような龍。  ラツィリを追いかける際に行き遭った、クラゲを喰い破ったあの生き物。  生物ではなくヨーマンディ製品だったようだが、しかしそもそも、現生の生物と区別が難しいほどに似せた工業製品をどうして扱っているのか、それがローグには不思議で仕方なかった。 「……。」  向こうが何かを口にした。  合わせて、龍が口元にあるものを動かし始める。 (ジェットエンジン……⁉)  航空機の両翼に取り付けられているあのエンジンによく似た機構、空気を取り込んで後方に送り出すことで翼周辺に風を起こして揚力を得るもの、という理解だった。  それ単体で空気を送るだけのサーキュレーターとして扱うなら。  後ろにいるラツィリを脇に抱えて、射線から外れるように真横に移動した。自分でも不思議に思うほど、ローグの脚が軽く。  全力で地面を蹴るたびに飛ぶような感覚を得るが。  直後に届いた音が消えるような暴風にまるごと持っていかれる。  紙切れのように吹き飛ばされ、地面を転げ、叫びも呻きも自分の耳にすら届かない。  急激な気圧差に全身の感覚が狂っているようだった。  三十メーターは離れていた場所から、この威力を出せるなんてのは想定していなかった。何か埒外の改造でもしているような気分だ。  力を絞り出して、身体を起こす。  無意識にラツィリを隠すようにと両腕で抱え込んでいたらしいが、当人は既にダウンしてしまって動きがない。 「……っつ、う」  振り返り、自分たちが居た場所の地面が軽くめくれ上がっているのを見た。  直撃だったらこの程度では済んでいない、ということか。  大怪我をせずとも、こちらを行動不能にするなら。確かに風を扱うのは丁度良いのかもしれない。  ラツィリは自身の着ている防護服によって傷を負っていない様子だった。  ローグの方は無事で済むとも思えないけれど、きっとそれも織り込んだ上での相手の行動と見た方が良いだろうか。 「こっちだ」  ラツィリの手首にある瑠璃くじらのコンソール、それをローグが操作して守備行動を指示する。離れないようにと設定するくらいは見様見真似でできたが。  近寄ってきたくじらが、周囲に水の幕を張っていく。  その意味は分からないけれど、そういうものだと考えるのを諦める。
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