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「あんな芸当ができるようになっていたか。あの子が目指しているのは、やはり……」  その次の句を放つ前に、水の幕からローグが飛び出してくる。  飛沫を受けて全身が濡れたまま、ラツィリから離れエプジオに全力で向かっていく姿に驚きはすれど脅威はなかった。  単騎で打って出る愚かさ、と言いながら。  周囲に居る社員と合わせて、白い龍「ヴェンラグーン」の暴風を撃ち出す。  スタンガンの軌道を見たローグはそれを一つずつ躱していく。斉射でないからこそ、時間差に合わせて身体を捌くなんてできるけれど。  それでも大きな隙ができているところに暴風の砲撃が襲い掛かる。 「……!」  周囲に居ても吹いてくる風で音が掻き消されていく。直前に何か叫んだようだったが、そんなものをいちいち確かめている余裕もない。  舞い上がった土やら砂やらが落ち着いて、霧状の水が視界を埋める。 「瑠璃くじらの水か」  ラツィリの方を確認しようと足を出した。  視界を目の前までうずめている霧。  そこを抜け出すように探る腕が、噛みつかんとばかりにエプジオの喉元に伸びてきていた。 「が――――」  反射的に動きを止めた。  ゆえに躱せず、右手が動脈を絞める形で食い込んできた。 「獲った……!」  ギラつくローグの視線がエプジオの視線とぶつかり合う。  首を締め上げる手首を両手でつかむが、まるで反応を見せない。筋量がそこまで違うようにも見えないのに、どうしてここまでの力が出せるのか。  焦燥に駆られ抵抗しはじめた直後にブラックアウトしていた。  ……。 「風が来るとわかっていれば、受けられないこともない。脚を地面に食い込ませて、姿勢を低くして身を固めてやり過ごしたんだよ」  後から聞いたところで無茶苦茶だとしか感想が持てないような受け方だった。  一瞬のインパクトを凌げば、大きな隙ができていると即座に見抜いたのは勘でしかないだろうが。 「…………。それを平然と言える辺りが壊れていると、ぼくは思うがね」  言いながらも、エプジオの視線はラツィリの方に向いていた。ローグの行動から何かを読み取ったから、探るような眼を向けているのだけれど。 「こちらを見なさい、妹ちゃん」 「それ言うとき、確定で怒ってるでしょ兄貴は」 「分かっていて避けようとするのは無駄な抵抗だよ」  ラツィリが持っていた透過迷彩のシートで周囲を囲っていた。  その周りにエプジオの同僚が待機している。これ以上戦闘行為を続ける意味はない、と言って収まったのはいいけれど。 「同意も取らずに人の身体を弄るのは駄目だと知っているはずだ。急いでいたのはわかるけれど、最低限のことはやっておきなさい」  そう言った内容の説教なのかなんなのかを一時間は続けていた。まあ、ローグからすれば徹底して詰るわけでもなく、むしろラツィリに改善案を提示している時間の方が長いくらいだった。  怒っているのか?  そう疑うのも自然なくらい、口調に棘を感じない。 「……せっかく時間を稼いでいるんだ、今のうちに終わらせることができるなら、それでいいんだけどね」  ラツィリの頬をうにうにと揉んでいる。  彼女の方も別に嫌がっていない辺り、よくある光景なのだろう。 「時間を、稼ぐって」 「ぼくがここに来たのは独断専行だ。社の動きとは関係がない……勿論向こうもそれくらいわかってはいるだろうから、追跡自体はされているだろうけどね」  特に瑠璃くじらの関連、正確にはナッヂァ・ミノラーレの手になる機体のすべてに関わる人物がマークされているんだ。  そう言いながら、エプジオは手元のキューブに目を落とした。  さっき向かい合った白い龍が格納されているが、ラツィリの持つボールと違う形状なのも個人差なのだろうか? 「気になるかい? こんなものを人が扱うことの危険性とか」 「危険性、か」 「生物を模した機器というのは、モチーフの特性を引き出しやすいからね。ロボットの開発なんかじゃあよくある手法さ。ヨーマンディでもそこを優先した結果、原初の空鯨を開発できたんだけどね」  同時にこれを兵器としても流用できると考えれば、知られる前に叩き潰されるのが目に見えているだろう?  それを避けるために、新種の大型生物だと誰かが発見した風に喧伝してその中に紛れ込ませた。幸いなことに、別種のそういった生物が自然発生していたから余計に露見しなかったのだ、なんて滔々と語る。  偶然。そうとしか言えない一致したタイミングの所為で。  上昇海流と同時期に現れたことに意味があるのかどうか、それは分からないという。 「古代の生物が蘇生したとか、人が生まれた後に出現していた土地神の受肉じゃないのかとか、オーパーツ的な人の遺産だろうとか」  想像、妄想、推論、邪推、いろいろな言説があるけれど、どれも確定的なものではないそうだ。 「人型のは、見たことないな」 「無駄が多くて扱いに困るんだよ。人だから出来ることってのは身体機能の面ではあまりないからね」
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