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金緑くじら。
名前の通りに金緑石の色を持った空鯨が始まりで。
琥珀いるかはその後継機らしい。
「いるかと入れ替わりに金緑くじらは姿を消してしまったけど、記録では破棄されたわけではないみたいなんだ」
「まだ、誰かが持っているってことかな」
ラツィリは訝る口調だけれど、別に疑問という訳でもなさそうだった。
持ち主なんて、心当たりが限られているだろうし。
いろいろと考えている間に、エプジオから何かを受け取っていたラツィリが腕のコンソールを調整していた。
「脳波操作って難しいんだよ。言葉で扱う訳じゃないから、イメージを強く持つ必要があって」
「できないとは思えないけど」
「余計なことまで指示に乗るのがねえ……」
まあ、頑張れ。そう言うと他人事のように素っ気ないと思われるだろうか、言った後で考える辺りの癖は抜けない。
ラツィリは特に何も思っていない様子だったが、内心のこととはあまり関係はない。
気になることを確かめる方が先決か、とエプジオに問いかけた。
「友人がこっちに向かってくるヨーマンディ社員を見た、と言っているんですけど。どういう人物が向かっているのかって判りますか?」
「ぼくが最後に確認した時点では、アレグリは確実にここに向かってくると聞いたよ。こういう事案を自分の手で潰したい性なんだ、昔からそうだった」
実感を持って自身の正しさを肯定している。
その為に自身でとどめを刺しに来る。
そういう人物だ、言われてみればそういうものだろうか。
「人を信じていないんだろうね」
「自分の範疇外のものを信じられないって感じかもしれませんね」
右手を何回か握る。霧を掴むような手応えの無さに心当たりはあるのだ。
でも、そんなことどうでもよくて。
「好都合だ。俺がそいつを潰すって決めたんだから」
「そんなことを勝手に決められてもね。ぼくの方だって計画があったというのに」
「計画ですか?」
「もとより、ラツィリを裁判所の近くに留めるように仕向けたのはぼくだよ。彼らとは別の行動だし、あのままにしておいてもラツィリが何か刑罰を受けるなんてことは有り得なかった」
「え……」「は、ぁ―――?」
二人が揃って不可解を示した。
「だいたい、システムの不具合だなんだって、それくらいで極刑になるほどの罪になるわけがないじゃないか。審理のために口を噤んでもらいたかっただけだ」
放っておけば、特に何もなくラツィリは解放されていた、とそう言いたいようだった。
「……でも、あの時。姉貴が殺してやるって言ってたんだよ? あいつのことだから、できないとも思えなかったし」
「知ってる。胡乱の行動を把握してないわけじゃない」
うろん、というのは姉の名前なのかどうか。エプジオの口振りが何とも言えない響きを持っていたので、ローグには判断できなかった。
「可能不可能で言えば、まあ出来ることだとは思う。だが拘留場は暗い通路と違って公的空間にあるわけで、いくらヨーマンディだからって好き勝手できるわけじゃあない」
策を練るにも時間が要るし、実行するにもタイミングを計る必要があるし、あんな数時間で切羽詰まって脱け出す必要があったかってなると、別にないくらいだ。
そう言い切るエプジオに、ラツィリは不満そうだった。
「わけもわからないままに放り込まれて、不安だったんだけどなー。なんにも知らないままで勝手に話を進められて、すっごく迷惑だったんだけどなー。独りで暗い場所に放っておかれるの、怖かったんだけどなー?」
「俺が壁を破ったとき、泣いてたもんな」
「泣いてないよ!」
必死な様子で否定されると、余計に説得力が出てくる。
そんなことは言わないでおいて、「そうだったっけ」とだけ返していた。
「しかたないよ。君に下手に情報を流せば、そこから先手を打とうとするんだもの」
そうされると、こっちの計画がズレてしまうんだ。
ストレートに指摘されて、ラツィリは何も返せないようだった。思い当たる節があるらしい。ふて腐れた口調で「そうかもしれないけどさあ」ともごもご反論していた。
「今回は、どっちかっていうと関わった青年が先走ったようだけど。しっかり影響されてるね、善哉善哉」
何故か嬉しそうな、満足げな様子だった。
(影響されている、っていうのはどっちの話なんだろう?)
そんなローグの内心になど、向こうが気付くはずもない。
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