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5
それこそ自分のためだ、だからこそ背くことにも躊躇がない。
誰にだって言えること、できること。それでも実行に移せるほどの行動力や思いきりを持てる人物はそれほど多くはない。
「旧い確執だったんだけどさ。派閥というか思想の面で、やはりナッヂァ・ミノラーレの存在は異質で異端だったよ」
だからこそ、ヨーマンディの存在感が増した部分もある。
真逆の性質を持つからこそ、互いに出し抜こうと走り続けていたんだと、そう語った。
「だからね」
「故に」
向かい合うローグたちに、アレグリ・ヨーマンディが叩きつけるように声を発した。
「真っ向勝負を避けた。きっと自分だけでは足りないと思ったんだろう」
「逃げた先に篭絡した人物を連れ込んで、自らの思想を拡げていく。それもまた戦法だとは分かっていても卑劣だったろうが」
ぎり、と締め付けるような視線。
表情筋から音でも出ているかのように厳しい形相。
色濃い怨嗟にラツィリが射すくめられ怯んだ。
それでも、アレグリの後ろに構えている琥珀いるかを見ながら退かなかった。
「……。そうやって、人のやっていることの邪魔ばかりしてきたってことか?」
「是非を考えた結果だよ、その程度で詰られる謂れもない」
ローグの問いかけに、返したアレグリの言葉がただのはぐらかしにしか聞こえない。是非でというのなら、間違っているかどうかはあまり関係がない。
人道に反した奴の言うことじゃねえだろ、とは思ったが。
きっとそれも、迂遠すぎて感知できなかったと言い訳すれば信じられてしまうのかもしれない。
「質問。そこまで明確に敵対していたなら、うちの爺さんのことを無関心に済ませたとは考えにくい。だから答えてもらいたいんだけど、あんたがナッヂァ・ミノラーレを殺したって本当か?」
直球の確認。
身の安全を考えるなら、変に気分を害さない方が良いのだろうけど。
周囲にアレグリの身内に近い社員が大勢で囲んでいる状況で、そんなことを言っても仕方ないと判断していた。
どちらにしても、どちらかがここで終わりになる。
もうその状況に入り込んでいるのが身体の芯で理解できていたから。
「直接的な殺害でないことは知っているだろう? というより誰かの手によるものでないというのに、どうして殺された、と考えることができたのだ」
「……それは、こちらの台詞だよ? ねえ爺、私が師匠の身の回りであなたの影を感じることがなかったって、本気で思える?
ヨーマンディの関連であればあの時から一人残らず頭に入っていたし、今でも社員の顔も名前も周辺情報も逐一更新してるの、気付いてないわけないよね?
師匠の傍にいたときから、あの町でうろちょろしてたの、知ってたよ。
くじら井戸にもなんだか口を挟んでたみたいだし、あの辺りで師匠に圧力掛けてたんでしょ?
彼の作る機械によって水質に影響が出ているとか適当こいてさ。
向こうだって専門的な話を深く分からないわけだから、口車に乗せられちゃってね。
それは仕方ないことだけど、じゃあそんな虚偽の情報を流すことが、バレてたらって考えなかったんだ?
保身のために、環境を潰すことも厭わないのは在り方として違うんじゃないの?
爺が座っているのは、玉座じゃあないのにさ。
ひとたび評価を下げれば、あっという間に崩れる程度の砂上の楼閣にしがみつく意味はどこにあるのかな?」
ラツィリがまくしたてるように追及していた。
色々なものが溜まっていたのか、その鬱憤をまるごと投げつけるような強い言葉だ。
「私は、あなたのことが嫌いだ。地球の外に放りだしたいくらい嫌いだ。両親を使い潰してその代用品としてしか見ていないことも嫌いだ。自分のための存在としかすべてのものを見られない傲慢さが嫌いだ。……、ほんとう、できるなら、殺したいよ」
咳き込んで、しばらく言葉になっていなかった。
それでも言葉が足りないくらいに、彼女の腹の中が溢れ出ようとしている。
えずいた所為なのか、涙が浮かんでいた。
感情的になっていたから、その相乗かもしれないが。
反応したのは、頭上で全員を見据える瑠璃色の鯨だ。
ごうん、と重い音。
見上げれば口元が開いている。
「……っ、」
何人が流されていったのか、把握は出来なかった。
ただ、大量の水が流れていき。
その中で何とか意識を保てていることが異常だとも思う。
「ヴェンラグーンの空圧で押し返したから、ってだけだけどね。それに、向こうも良い感じに躱しているみたいだ」
ローグにも見えていた。
琥珀いるかも同様にこちらに向かって水を掃き出して、瑠璃くじらの攻撃を弾いている。
ラツィリの様子が気になるものの、しかし。向こうの動きを見るに攻撃されたことを好都合に、こちらを排除するような動きを見せている。
「……? なんだあれ」
アレグリの体躯、ゆったりとした服の下に、何やら危機のようなものが見える。
脚部に覗いているものも、首元にも何かあるようで。
そういえば、ラツィリの服にも体温調節の送風機があったな、と思い出すけれど。それとは何か質が違うように思えて。
「パワードスーツでも身に着けてるのかな」
「それはあっても不思議はないね、当然だけど高齢者なんだから」
それでも自分の脚で現場に立とうとする意気は凄まじい。
行動の方向性さえ間違えなければ、おそらく今の状況には至らなかったはずなのに。
じっと、睨んでいた。
向こうも、その視線には気付いているはずだ。
「……行ってくる」
その声に、ラツィリは「うん」とだけ返した。
エプジオは何も言わない。
二人とも、止める気は全くないようだった。
「殺す。出来るかどうかはどうでもいいけど」
いまさら、こんなところで。
何人も見もせず擂り潰した奴に忖度なんかしなくていい。
あれは、仇敵だ。呟いて走る。
復讐という感覚もないが、それでもそうなると分かっている。
右手が、自分の頬を掻いて、じわりと血が滲む。
走った。
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