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 上司が店を出ていき、残されたローグはしばらく呆けたままでそこに座っていた。  渡された資料に目を通すこともせず、面倒だなあとぼんやり考えているだけだが。 「つーか、意外と話し込んでたのか」  メインの用件よりも世間話の方が長かったみたいだ、と振り返る。気付けば伝票が持っていかれている、抜け目なく支払いをされていた。  貸しを作るために奢ってくれやがった、と表現するよりなさそうだけど。結局自分が原因だし、踏み止まるための足場を残してくれただけでも感謝すべきだ。  これ一人でやんのか、難関だな。  率直な感想はこの一言だが。 「よく研究されてるね、大部分が私達の持ってる情報と合致してるし」 「なんで後ろにいるんだよ」  ラツィリの声が間近で聞こえてきて驚くも、向こうは大したこともないと意に介さない。  ずっと後ろで聞いていたという。 「街中でローグを見かけたから、ちょっと探っただけ。真後ろに居ても人って気付かないもんだよ」  気配なんて読めるもんじゃないんだからさ。  気付けるとしても、それって大概は気のせいでしかないと言い切っている。 「にしても、あの人も無茶を要求するね。人ひとりで解決できる問題なら、そもそも百年単位で環境が劣化していく状況になってないのに」  実質解雇宣告じゃないの、これ。  そう言われてしまうと、なんだか哀しくなるから聞こえないふりをした。  もしくは飼い殺しとか。  反抗する気にもならなかったから、そこに不満を言っても仕方ない。 「とりあえず、何かするしかないだろ。何をするかは、わからないけど」 「じゃあ、今は私を手伝ってよ。明日くらいからくじらの修理を始めるからさ」 「……さっき、空を飛んでたけど。直ってたんじゃないの?」  あれはダミーだよ、とあっさり返された。 「正確にはくじらの試作品だね。最低限の機能もあるし、誤魔化すには丁度いいかなって」 「そうか……」  それよりも、こんな場所でこんな話をしていていいのかな。  言ってみたら、周りには聞こえてないよと返ってきた。 「まあどうせ聞いてないからね、対策なんかしなくても」  人は人に興味を持たないんだ、大抵はね。妙に悟ったような言い方であっさりと終わらせてしまったので、ローグには何かを返そうという気にもなれなかった。 「ラツィリ、肩に顎を乗せるのやめてくれないか」 「見えないんだけど、それだと」  移動しなさい、と言わないといけないのか。それとも対面で話すことを嫌っているのか、ラツィリはなんでか向き合って対応してこない気がする。 「それがいいから」 「へえ……、俺は正面から向き合いたいけどな」  返答はなかった、けれど触れている部分の僅かな震えから身体の強張りのようなものを読み取った。驚いたのだろうか、なんて考えている間に。  帰ろう、とラツィリが呟いていた。  どこへ帰る気なのかはわからなかった。
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