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(人が稼いだ時間を使っていちゃつかれるのも業腹よな)  エプジオの周囲で渦を巻く空気、その中央で浮かび上がる形になっているが。  ヴェンラグーンを自身の周りで常に高速旋回させて、乱気流に乗るように移動し続ける技能はあまり見ないものだ。  黒いスーツの端々に、風を受けるパーツを組んでいて、それが開いて大きなムササビにも見える。  普段使いできるウィングスーツ、普段から戦闘を意識しているような装備というのが、彼らの生きる環境そのものを示していて。 「…………こんなもの持たなくてもいい世界が、良かったんだ」 「夢想。くだらない逃避でこんな暴挙か」 「鏡を見たことないのかな? ぼくらよりも現実を見ない人のいうことなんて鼻で笑ってしまうね」  隙間からアレグリの眼が覗く。  高齢者であれど現役の経営者だ、その眼光の奥にあるギラつきが痛いくらいに突き刺さる。ひりつく欲望は、他の皆には痛くて。  何人を擂り潰したのか、そんなことに思考を持っていかれる。  興味はなかったが。  考えてしまったのは、本能の恐れからだろう。 「空想は、絶対に必要だ。  妄想は、人格の肝要だ。  想像は、時空を包容するから」  あなたには足りなかったものだよ、我が祖父。  エプジオの断言も、きっとアレグリには届かない。  見ているものが、見えているものが違いすぎて、ラツィリとナッヂァが求めた未来を想定できなかったゆえの現在だから。 「無謀な創造も迂遠な希望も、単なる怠惰の言い訳だろうが。差し迫った問題から目を逸らす夢想家の言に価値はない」  きっと、それも正解だろう。  言われてみれば、間違っているとは絶対に言いきれない、その程度の正しさで。  それ以上にその二つは完全に相容れないものなんかじゃなくて、同じ場所に立たせることで成立するものだというのに。  ナッヂァ・ミノラーレは、アレグリ・ヨーマンディとの片輪だったはずだったのに。 「本当、どこで歪んだんだろうね」  言うと同時に、エプジオの真後ろから何かが飛んでくる。  ヴェンラグーンの起こしていた乱気流を辿って、弾丸のような速度で彼の脇を通り抜けていく様に。  分かれ目の人物だ、と誰にも聞こえないように呟いた。
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