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 金緑くじらの硬質な背に、ローグが高速で滑り込んでくる。  両足で削っていくような長い制動、軌跡からわずかに煙が上り、ラバーの焼ける刺激臭に軽く息を詰めた。 「ふう、うまく跳べたな」 「半ば飛んでいたようにも見えたがな」  飛べたら本当に人間辞めることになるな、と苦笑して。  左脚を踏み切って、アレグリに向かって殴りかかる。一切の加減なく右腕を突き出す動きを見たまま、向こうもその打撃を額で完全に受けきっていた。  は、と息を強く吐き出す。  笑んで、吐き捨てて、捻じれて、噛みつく。  パワードスーツのようなものは、身体の表面を軽く覆っている。外骨格に似ているようで、人が纏うならそれは鎧だろうが。  アレグリの両手がローグの首元に飛んでくる。  トラバサミのように錯覚し、それに反応した恐怖が足を動かす。  距離を取ろうと後方へ跳び退いていた。  あからさまに見せない骨格が、全身くまなく貼り付いている。色合いの所為で生身のように見えていたのだろう。  こういう製品も出しているのか、と初めて知った。  ローグの見える場所では見たことがなかったから、地域が限られているのだろうか。 「……っぱ、最後にゃこれよな」 「醜くとも、それが残るだけだ」  ローグの脚に力が籠もり、地面を噛みしめるように足場に食い込む。  アレグリは両腕を動かし、関節からぱきぱきと音が弾けた。 (爺が無茶をする。それは一体何の為なんだよ?)  質問など無意味だと喉の奥で一度だけ笑い。  くじらの背で爆音に似た打撃音が幾度も響く。  四肢を振り回し、ローグの拳と足がアレグリの体躯を撃ち抜く。  それを外装で受けきっているようで、向こうは表情を全く崩さない。  硬く引き締まった口元に、明確な拒絶が滲んでいるのは分かる。  それが気に入らないで、左手で引っ掻くように顔を掴みにかかり。  その腕を首の動きだけでいなされ、返す右腕を折って肘をローグの鳩尾に押し当てる。 「か……っ!」  体幹の中央を衝撃が通った。 (寸勁―――武術でも齧っていたか⁉)  意識が飛ばなかったのは、威力が足りなかったからか。同程度の力を持っているなら、高練度の攻撃で落とされて当然だと……それはどこで聞いたんだったか。  揺らいで戻り、踏ん張っていた右脚を跳ね返しながら左足で蹴り上げる。  衝撃を流されている。  外装の機能なのか、アレグリ自身の技能なのかは分からない。  位置が入れ替わり、振り返り向き合おうとしたローグの眼には上から降ってくる蹴り足が映っていた。  背を向けたまま後方へ宙返りをして、重力を加えて蹴り落とす。  アクロバティックに過ぎるとは思ったが、切れ目を作らない攻め手としては効果的だった。  腕で頭部を守りながら受け、右脚を前方に踏み込み潰されない。  動きの止まった隙に蹴っている脚を取って、横に振り回して足場に叩きつけた。  受け身を取れないようで、派手な音を鳴らして倒れ込んだ。 「…………効いたか」 「どこを見て言っているんだ?」  アレグリの眼が違う場所に向いた。  正確には焦点距離がズレていたが、それは。 (脳波リンクに意識を取っていた?)  ローグの方も思考に気を取られた瞬間、自分の要る周囲の足場にいくつもの孔が開いていることに気付いた。  呼吸孔。  くじらの構造に思い当たったと同時に、その穴から大量の水が噴き出した。
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