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 水の中で死んでいるのは思ったよりも心地よい。  目を覚ます直前にそう思ったのは、夢の中での馬鹿げた感想だと割り切った方が良さそうだった。  視界の半分を瑠璃色に覆われているのに気付き、ラツィリの瑠璃くじらに拾われたのだと理解したら。 「……ぐええ、立てねえ」 「限界超えてたからね。自食もできないくらい」  戦える力がない、ひんし状態ってこういうことかと違う電波を受信しつつ。  どこに向かっていくのかと見回すと、金緑くじらを追いかけるように空に向かっている最中だった。  このまま海流に突っ込むよ、とラツィリは当然のように言っていた。  なんだかあっさりしてるなあ、と呟いたら。 「怖くは無くなったからね。……師匠の方は、とうの昔に昇っていったけど」  琥珀いるかの終わり。  それはアレグリも巻き込んで、地球の外へ出ていくことになったらしい。  それが一番丸いから、とそれでも哀しそうな声色で。ローグも何も返しはしない。  高度が上がっていく。  臓器が下に追いやられるような違和感で感じられ、それ以上に耳を圧し潰すような重い水流の音に酔ってしまいそうだ。 「何をするんだ、ここから」 「海流の真ん中に這入って、くじらを固定するんだ。圧力に耐えるのはできるかどうかだけど、理論上はいけるからね」  瑠璃くじらの特化機能、EaDtLによって海水にエーテルを混ぜ込み。  ベクトル操作を最大限に行い海流を拡散して、水の流出を止める。 「人間が否応なしに進化しちゃうねえ……」 「いいんじゃないか、ちょうどいい世代交代だ」  俺はその実験体だったわけだけど、と付けてみたらじっとりと睨まれた。  怒っているのか?  それとも咎められていると思ったのか。 「……。ラツィリの役に立てたんならそれでよかったよ」 「報われた気はしないけどね」 「これからじゃないか? 世界が良くなっていくなら、意味があることだよ」  一人で何もかも解決できる勇者なんていないよね、ってだけさ。茶化すようにそう言ったら、個人の感想ですねと返ってきた。 「ふにふに」 「頬を摘まむな」 「兄貴はどうしたかな、姉貴を回収したとこまでは確認してたけど」 「どうせどっかで見てるだろ。あわよくばラツィリも救けようとしてるさ」  エプジオは終始ラツィリの傍で行動していたくらいに、妹のこと好きすぎる。 「吐くほど甘い無糖コーヒー、なんて比喩になりそうだ」 「何それ、すごい矛盾」  焦げた砂糖じゃないのそれ、とか言い出したらカラメルのことで。 「べとつく感じはまあ近いか」 「そう言えばモーテルに居たとき、すぐ隣の部屋にいたらしいよ。さすがに踏み込みすぎじゃないかな」 「踏み込んではないんだよな」  それに心情は分かるから何とも、なんて台詞にラツィリはよくわからない様子だった。 「男の心理はよくわからないね」 「もっと根本的だと思うけど。俺だってラツィリが誰かに襲われてたらキレるし」 「あれー、子供扱いかな?」 「ちげえ」  これは、苦労してそうだな。  そんな風に同情的になってしまう。  目を逸らし続けるにも、そろそろ限界だろうか。  目の前に激しい水流が迫っている。 「ちょっと、これは本能的に怖いな」 「思いきりが肝心だな。ってか、今止まってるだろ」 「まあそうだね……時間稼いじゃダメかな」  いいんじゃねえの? なんて言い出したら、きっと永遠にここで足踏みしているばかりだと分かってしまう。  ローグが腕を動かしてラツィリを引き寄せた。 「わ」  全身ずぶ濡れで相手の体温がはっきりと判る。  離れないから、このまま行こう。  死ぬも生きるも同じでいい。  そうでも言わないと終わらないと思ったから、後押しのつもりで放った文句。  なんだかプロポーズみたいだな、とか思わなくもなかった。  そのくせこれからするのは心中みたいなもんなのに。 「                         」 「        」  何を言ったのかは聞き取れなかった。  それでも意味なんか分かっていた。  本当にそれでいいのか、確信はなかったけれど。
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