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 太さにして十数キロにわたる巨大な水の柱。  その真ん中で異質なうねりが生まれたのを、エプジオが見留めた。  鉄砲水や津波では比較にならない水圧を持つ海流、その中に飛び込んでいった瑠璃くじらと二人。  きっと生きては帰れないのだと分かっていたが、それでも止める理由なんて見当たらない。時間も、環境も、社会も、彼らの生きる余地を狭めていたのだから、この行動に出るのが最善の手だったなんて。 「瑠璃くじらの進路を調整しながら、ってなると。外側からだと電波が通じないんだものな。飛び込むしかないって言っても」  時間があれば、とは思った。  数年かければ、安全な手段は考えられた。  その時間を作れなかったのは、エプジオの力不足だと、そう思った。 「…………」  所有者を失った金緑くじらの上に立ち竦み、二人が消えていった海流を眺めている。  数日間は続けていた。  足元に、ファラミューの狐が同じように立っている。  自律駆動だったのかな、とは気になったが今はどうでもいい。  不思議と空腹も疲労も眠気も来ない。  ……降りしきる水滴の量が多くなる。  雨にしてはそんな変化も珍しい気がしたが、ほとんど気に留めていない。  じっと、じっと動かないまま空へ上り続ける海流を睨むでもなく眺めている。  呆然としているとしか言えないが。 「未練があるわけでもない――――」  言い聞かせるような強い口調。  大嘘だから、痛々しい。 「……生贄にするような選択なんて、したくなかった」  だから、未練しかなくて苦しい。  視界が赤くなるような、不甲斐なさによる怒りが――― 「いや、そうじゃないな……?」  目の前に見える、水の柱。その内部に赤い光が薄らと透けて見えている。  それはどこかで見た気もして。  時間を追うごとに強く発光していく様が、目に見えて判るくらいに早く変化していた。  何が起こっているのかを確かめる前に、目が眩むくらいの光量にまで達していて。その所為でディティールが掴めない。 「ぐ……なんなん、それ」  エプジオの後ろでぐったりと眠っていたファラミューも仕方なしに起き上がって、その様子にたじろいでいる。  分からない、と返すしかなく。  見守ること数分、その光が形を視認できるようになっていた。 「フォノクスだ」  全身を綿のような翼が覆っている、丸い造形の鳥類。  赤く輝くルーラー種の羽ばたきが、周囲の海面を波打たせて拡がっていた。  どうしてそんな所から現れるのか、全く想像がつかなかったが。  おそらく瑠璃くじらのEaDtLによってエーテル素子を浴びているとは想像できる。生物を強力に活性化させるエーテルをあのサイズの生物が浴びれば、その効果は人よりも大きくなる。  生命の巨大化、そのプロセスを短縮したようなものだが――――いや、それよりも。  淡い光へと落ち着いた巨鳥の背に、ラツィリとローグの姿が見えていて。  しかし二人とも微動だにせず、生きているのかどうかも判らなかった。  遠いから、というのもあるだろうけれど。 「運んできたのはどういう意味があるんだろう」 「いや、取り返さないの? どこかに運ぶにしても、行き先くらい追いなさいな」  言われて、エプジオははっと正気に戻る。あまりに非現実的な光景が過ぎて、ぼんやりと頭が働いていなかった。  ヴェンラグーンを呼び寄せ、その背に跨る。  鞍なんて用意していないが、そんなことはどうでもいい。  振り落とされそうになりながら、全力で巨大な鳥を追いかける。  悠然と羽ばたく翼の圧力だけで、圧し返されるが気にしない。  本当は、行く先を気にする必要もなかったのかもしれないけれど。  赤い鳥が喉を鳴らして鳴いている。  軋るような弦の響き。  そのくせ、くじらの鳴き声に似ているのは、何を真似たのだろうと不思議だった。  瑠璃くじらが歌うわけもないのに。
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