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 けたたましい着信音で目が覚めた。  あまりにうるさいものだから、アラームが故障したのかと思ったくらいだ。 「……なんですか、朝から騒々しい」  相手の声を聞くに、また大きな事件だか事案だかが公表されたなんて話だった。職場の上司、しかも海流を何とかしろと結構な無茶を振ってきたあの人の連絡をあまり無碍に扱うこともできない。  結局、そういう日常自体は今のところ変化していないのだから。  その割には、世界は目まぐるしく変わっていっているようだけど。  アレグリ・ヨーマンディが失踪したことになり。  経営の方向性が大きく変化していて。  トップにはエプジオが就いているようだが、しかしアレグリの残した負の業績、それらの後処理にあちこち駆けずり回っているらしく。 「残された側は堪ったもんじゃないって、そういう意味でしたっけ」  向こうも『違うと思うなあ』と言いつつ、『実際はそういうものかもしれんね』とも言っていた。  ローグが帰ってきてから、海流の方に変化が見られているとは聞いた。  それよりもローグとラツィリが巨大で赤く光る白重綿の背に乗って飛んできたことの方がずっと大きな騒ぎになっていた。  本来の生息地でもないのに、どうしてこの街に辿り着いたのかは未だに分からないが。  鳥の本能なのか、それともラツィリの匂いでも追っていたのか。  渡り鳥の生態もよく知らない頭では、何を思っても妄想だとしか言えない。 『結果、斃すべき魔物は人間でしたってオチか。何とも面白みのない話だが』 「それでもこっちは必死だったんですよ? 生身で巨大な機械と殴り合ってみますか?」 『御免被る。そんなん、人間辞めてないとできないよ』 「……、」  何も化物だとは言っていないだろう、と言い訳のように付け足した。  相手の態度が以前と全く変わっていないのを見るに、本当に大した問題でないと思っているのは明白だ。  本題を切り出すまでの前説が長い、といつものように考えると同時。  それじゃあここから用件だ、と言い出した。  そこまで読みきられているのか、それとも偶然か。  きっと前者だ。 『君、しばらく休暇だ』 「え、……あ? なんで急に」 『そういう風に通達が来てね。どこかからの捜査なり後始末なり、関わるらしいからと』  関係者だから、なんて言うけれど。  そもそも既に半年も前のことなのに、未だに拘束されたり呼び出されたりと忙しない。それでも何とか生活は出来ているから、いろいろと便宜を図られているのは言われずとも推し量れようものだ。  その所為で、せっかく買い込んだテキストが三割も消化できていない。  本来の目的ができた、と意気込んでいてもこれでは終わる前に萎えてしまいそうだった。 「で、その要件の方は」 『さあ。そこまでは聞いてないけど、家に居ればいいとだけ』  自宅謹慎?  そんな処分を受けるような真似をした記憶はないが。  向こうが知らないのなら、これ以上追及することもできない。そのまま通話を切って、端末を枕の横に投げだした。  そして逆側のデスクに積んである本を手に取って、前回の続きを開いた。  窓の外は、珍しい雨天だ。  雨音を聴きながら自室でゆったりと過ごす、そんな幻想としか思えなかった時間が、今は何度か行き遭う状況で。  何かに焦っていたような数か月前とは明らかに違っている。
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