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「そう言えばアイルくんは?」 「旅行だって。半年前に立ち寄った街で何かあったみたいで、時々遠出していたから」  楽しそうだからまあ咎めもしないが。  それはそれでテプシェンが気を揉んでいるのも不思議な話だった。  そっちの方も整備してった方が良いかな、とラツィリが何か言っている。なんだかこっちも忙しいのかもしれなかった。 「むらくもぎょぐんの巡航ルートを、交通インフラにも流用できないかなって考えててさ」 「航空機じゃダメなのか?」 「足りてないねえ。速度はともかく、効率が」  本当は空間スキップとかできればいいけれど、今の人類にはできない話だから。  そうは言うけれど、ラツィリはいつか作り上げてしまいそうだ、なんて変な期待がローグにはあった。  見ていれば面白そうだし、同時につらいことも知っていた。  それを近くで見ていたいし、その為にこの半年間片手間でいろいろと勉強しているのだから。 「焦らなくたって、時期が来てたら俺の方から出向いてたんだけど」 「知ってるよ?」 「じゃあなんで前倒しにしたんだ」 「独占欲?」 「私利私欲私情私怨!」  言いすぎだろ、とラツィリの方が驚いていた。 「最低限、私怨はない」 「本当かな」 「本当だよ」  ならいいか、と背凭れに落ち着いた。なんだか急展開が過ぎるけれど、そういうものかもしれないと思い始めている。  ラツィリがそういう人物だってだけなら、なんかもう。 「楽しいな、ほんと」 「……、そう思う?」 「そこで嘘を吐くわけない。でもまあ、死にかけるのはもういいかな」 「何度かあるかもしれないよ」 「何度でも止めてやるよ」 「えへぇ」  嬉しそうだった。こういう回答をしてほしかったのかな、と思いながら。  久々に得られた安堵を手放したくない、そんな欲求を抑えるのが難しいなと悶々としている。 「どこを見ているんだ?」 「くじらのある方。なんかサイズアップしてきてるらしいから、ちょっと心配でね」 「不思議なこともあるもんだな」 「そうだね。分からないことだらけだよ……で、ローグはどこ見てたの?」 「…………」  怒っているように聞こえた。  きっと後ろめたいからだ。 「そういうのは後でね」 「おう、……おう?」  反応に困ったが、それは流しておく。心を乱されたのは悟られなかったようだった。  もとより連れ去りみたいなものだから、あまり関係ないのかもしれないけど。  夜空をゆっくりと横切っていく、赤い光。 「この子が懐に潜り込んでるとは思わなかったよね」 「あんな短時間で膨れ上がるのも驚きだったけどさ」 「そのおかげで生きて帰ってこれたんだ、感謝しかないよ」  何の偶然なのか、それとも当然のようにというのか。ラツィリが懐かれるがあまり、海流に這入り込む局面でさえも、離れていかなかったというのが不思議だった。  というか、どこに居たのかもよくわからないままだったのだが、白衣の内ポケットにでも紛れていたのかもしれない。 「虹色って綺麗だよね」 「急に何言ってんだ」  視線が上を向いている。同じようにローグが視線を上げると、雨が降ってきていた。  雨の後の虹のことではなく、雨粒に混じる虹色のことのようだった。  これから先、数十年間はこんな感じらしい。  それはつまり、ローグたちと同じようにイーサセルを持った人間が多数生まれてくるという意味だ。 「これも変化だからね」 「そんで不可逆か」 「適応ってそういうものだよ、自然由来の人為的進化は、あまり例はないけど」 「そんなもん、人類にしかできないものだからな」 「それはどうだろねえ」 「本当、未来のことはなんにも言いきれないか」 「言い切りたい誰かが居るだけだよ」  くじらの雨は降り続いている。  晴れているのに、止みやしない。
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