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 どうしてかラツィリは「工房」に興味を示した。そういう場所を知らないからなんだろうかと推測するが、彼女も自分の作業場くらい持っているはずで、そういう興味でないことは考えればわかる。 「俺の家の地下にあるんだ」  言いながらその通りに、地下へ続く扉を開いた。祖父が亡くなってから一度も開いたことがなく、碌に掃除も出来ていないから提案するのに迷ってはいた。 「……ああ、場所は良さそうだ。くじらを置けるだけの広さもある」 「見えてないのに、判るもんなのか」 「足音を聞けば判るよ。反響の深さを振動で読むんだけど」  こんな風にー、と足で床を二度ほど叩いてみせる。ローグにはその振動をどう読み取るのかは全くわからないけれど、大した感度だと感心するばかりだ。 「じゃあここでいいか。掃除してくるから、一日待ってほしいかな」 「手伝おうか?」 「手伝ってんのは俺の方だろ、いいから待ってなさい」 「はーいはい。なんだか似てて腹立つな」  なんのことだか、と肩をすくめて地下に降りていく。小さい頃に入ったきり、何も動かしていないのでは、まず灯りを探すところから始まる。  電気は通っているはず、漏電でもしていなければと考えながら壁を手で探った。 「った、」  大きなレバーが指先に当たって、軽く痛い。これかと掴んで引き上げる。  がんっ、ぢっ、ばぢぢぢ……。  スパークのような破裂音混じりのノイズが耳を衝いて、ひどく明るい光が視界を満たす。  ちりちりと細かい点滅を繰り返す灯りに目を慣らし、工房を見渡す。 「爺さんのもの、あまり残っていないのか」  幼少期の記憶の限りでは、いろいろな素材や工具やワークステーションがあちこちに置かれていて、混沌とした雰囲気だったはずなのに。  いつの間にやらその殆どが取り払われて、殺風景な場所になってしまっている。  寂しいと感じる。  それでも、今は整備が楽で助かったとも感じた。  全体にベージュの壁や作業台、色合いの変化が薄いのも意図したものかもしれなかった。 「この広さなら、くじらも悠々と収まるな」  一軒家の下に掘った地下室とは思えない広さ。奥まで三十メーターはあるはずだが、本来は違う目的があったかと勘ぐってみる。  まあいいかとすぐに投げ出すけれど。 「掃除用具……は上に取りに行くしかないか」
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