1

9/14
前へ
/65ページ
次へ
 ふかふかと周りに綿毛が舞っている。精霊でも見えたかと目を凝らすと、変な生き物だった。綿毛のような部分に風を含んで、浮かび上がる丸い猫のような生物。  小さいけれど、よく見ると球体部分にデフォルメされた顔が見える。 「シラエワタだ。珍しいね、この地域で見られるなんて」 「確かに俺は初めて見たけど、どこの生き物なんだ?」 「もう少し北の方じゃないかな。暑さの緩い地域だと、もっと個体数がいるはず」  原産地域を聞いても、確かに温かい場所で見られるほうが自然だった。  環境がズレていくのは当たり前にあるけれど。  合わない気候の場所に現れるのは不自然だと感じる。 「すいー、」  指を近づけたラツィリに、綿毛が吸い寄せられるように止まった。鳥のようにも見えるが、足にあるのは肉球だ、確実に鳥類ではない。 「へへ、可愛いなあ」  楽しそうだ、とぼんやり眺めているローグに、ラツィリがそのまま手を近づけてくる。  手に収まっているぬいぐるみのような生き物に手を触れようとして。  シラエワタは綿状腕を振り回して、手の上から離れていってしまった。 「驚かせちまったか」 「仕方ないね、人にはあまり懐かないし」 「そうなのか?」  警戒心が強いらしい。ラツィリも人に馴れる様子を見たことはほとんど無いという。  うまくいけば、くらいの感覚だからと手を伸ばしてみたと続ける。  周りを見ると、外を歩いている人が見たことのない生物に驚いて、そこから普段見ない風景を楽しんでいた。  夏に降る雪、とでも比喩できそうな光景。  くじらの故障から十日経って、そんな非日常風景が散見される。  楽しいと言えば楽しいが、妙な雰囲気も同時に感じ取れた。 「……ローグ?」 「ん、ああ。ごめん、ちょっと考え事」 「ふうん。で、どこに行くの、これから」 「……買い出しだよ。食料もしばらく買い込めないし、余裕があるうちにとっておかないと」 「生活費くらい私が出すのに。ヨーマンディ社員ですよ?」  職歴マウントってやつかな、と身勝手に感じて。  変なプライドだと分かっていても、後に引きたくない自分のつまらなさを実感して。 「……フライヤー買っておくか」 「揚げ蠍! 本気だったの?」  そりゃあ、あちこちで獲れるんだったら、多少食っても問題ないだろと返していた。  本当は安く買った芋が余りまくっているってだけなんだけど。 「馬鈴薯、と、自然薯か」 「長芋だったら生でいけるでしょ」 「まあそっちのも好きだけどねえ」  市販のチップスには敵いませんて、なんて嘯きながら。まあ七割がた本音だけど、自分でやってみる遊びの方が楽しいというだけだった。 「甘藷は食べないの?」 「なんか苦手なんだよな、甘すぎると食欲が失せる」 「天ぷらにすると結構食べられるんだけどなー、それにビタミンCが多いからよく食べる」  なんかのバグだろ、とか思っていた。 「…………この綿毛、喰えるのかな」  睨まれた。  ラツィリにはその辺りにラインがあるらしいが、それもなんだかわからない。  ぱたぱた、と周囲から水滴の音が聞こえる。にわか雨にも満たないごく短い降雨は、瑠璃くじらが居なくなってから頻発している。 「プロトタイプだから、どうしても性能で劣るんだよな」 「雨を降らせる能力が低い、ってことか?」 「もっと大事な部分。水だけだと足りないって踏んでいたから―――」  口を噤んだ。ラツィリにとっては聞かれたくないことらしかった。  切り上げるどころかぶった切られた感じの会話を放り投げて、早く行こうと急かされる。
/65ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加