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汐見さんはひとりで歩いている。迎えに来ているという夫とはこの先で合流するのだろうか。ていうかお迎えとか原さんの粘着をかわすための嘘かも。原さん、最後までひどかったし。
だって、あの花束はさすがにない。課のみんなからって枡田くんがギフトカードを渡した後、すかさず「私たちからサプライズです!」って原さんとそのお仲間が出した、やたらでかくて持ち運びの袋もないやつ。
満員電車にあれを抱えて乗ったら周りに迷惑がられるし、吊り革にもつかまれない。
まったく普段はお土産のお菓子でさえ汐見さんにはあげなかったのに、最後の最後によくそんな回りくどい意地悪するよな。
そんなことを考えながら歩いていたら、汐見さんが小さくクシャミした。
私も少し寒い。もうすぐ五月とはいえ、橋の夜風は冷たくて、なんだかもう少し飲みたい気分になる。体があったまるし、そもそもさっきは主役の汐見さんを差し置いて原さんたちがはしゃいでるのが不快であんまり飲めなかったから。
いっそのこと汐見さんを誘ってみようか。
原さんの目がない場所で最後につもる鬱憤をぶちまけてもらう的な。私たちは別に仲良くはなかったけど、だからこそできる話もあるわけで。うん、わりといいアイディアかも。
そう思って前を見たら、汐見さんがごく自然な動作で胸の花束を川にぶん投げていた。ノールックで、足も止めず。
呆然とする私にまったく気づかず、最初から何も持ってなかったみたいに汐見さんは歩き続ける。
何あれ、やば。
欄干から顔だけ出して恐る恐る下を覗くと夜の黒い水面に浮いた白やピンクの花束が見える。場違いな明るさの花たちは、踊るように夜の川を流れていった。
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