初日から色々ダメなんですけど

9/27
前へ
/105ページ
次へ
 私、絶対に付き合うなら同業者は嫌だって思う。彼氏の心を留めておける自信もないし、世の中には可愛い女子、綺麗な女子、意識高い系女子が五万といるんだもん。そんな子たちの髪を彼氏が切るなんて、考えただけで食事が喉を通らなくなりそう。 「ちょっと!栞菜!聞いてる!?」 「あぁ、ごめん。何だっけ?」 「あいつ、また客に言い寄られてたみたいなの!!もうマジ許さん!」 「それ、浮気じゃないじゃん。涼介さん、きちんと困るって言ったんでしょ?」 「言ったけど……でも、腹立つの!!それまでにお客様がキュンとすることしたんだよ!!」 まぁ、私たちってカットやらカラーやらが完成したお客様に「可愛い」とか「似合う」とか「すごくいい」とか言っちゃうし(決してお世辞ではなく)、それでさらにカット中の会話が弾んでたりしたら、恋しちゃうこともあるよねとは思う。 「飲みたい気分だから付き合って!」 「今から!?」 「今から。7時にいつもの居酒屋。」 茉莉も月曜日はお休み。こんな日に捕まるのは私しかいないと彼女もよく分かっている。 「いいわよ、行くわ。」 一瞬、葵くんの顔が浮かんだけど、私の暮らしを変えてはいけないと思っている。いつもの私なら行くと言うところだから。 「ありがとう!さすが栞菜!じゃあよろしくね。」 茉莉の電話は一方的に切れて、私は支度を始める。タイトな黒のパンツにロゴ入りの白いTシャツを着て、パンツとセットアップになっている七部丈の上着を羽織る。メイクは仕事の時と同じぐらい少し華やかめにして仕上げる。そして軽く香水を付けて、髪を整えて完成。美容師という仕事柄、メイクとヘアセットは慣れたもので、時間もかけずに完成してしまう。 あ、プリン。 賞味期限、明日ぐらいだっけ? 自室にあるメモ帳を一枚千切り、[冷蔵庫にプリンがあります。今朝のお礼です。良かったら食べてね。]と書いて、食卓に置いておく。食べるかどうかは彼が決めればいい。
/105ページ

最初のコメントを投稿しよう!

210人が本棚に入れています
本棚に追加