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戦う?逃げる?勝つ為に今は逃げる!
もう冴華には仕事に向かう気力は出てこなかった。何しろ上司は殺人鬼で友人も殺されてしまったのだ。暗い気分が膨張し、今にも弾けそうだった。
「あの。勅使河原さん。本当に具合が悪そうだよ。今日は早退して、明日に備えて下さい」と冴華の背後に忍び寄った上原が言った。「残っている仕事は僕が始末しておくから」
冴華は考えを巡らした。
もう私は奴のターゲットになってしまった。私は私の夢の為、生きなければならない。このまま会社に居たら、確実に殺されるだろう。では家に居たら?上原を告発することはできない。けど、命は助かるだろう。そんな卑怯な事は人間として赦されるだろうか?いやだ。私は人間として真っ当な道を歩きたい。罪を知りながら告発しないのは罪を犯したのと同じだ。私の手はきっと見えない血で汚れている。拭うには戦うしかない。
「体調を整えるのも大事な仕事だよ。元気になれば良い発想も出てくるから、今日は早退して下さい」となおも上原は続けた。
体調を整える。良いかも知れない。安全な場所でゆっくりと落ち着いて考えてみる。闇雲に戦うことだけが正義じゃない。確実に上原を仕留める為、ここは引き下がるのだ。戦術的撤退だ。いや正しい世界への進軍だ。
「分かりました。では、今日の所は帰って休みます」と冴華は言い、荷物をまとめた。スマホを見たが、やはり絵梨花からの返信は無かった。
「みんな、ごめんなさい。じゃあ、気をつけてね」と冴華は言い、深々と頭を下げて、営業第一課を後にした。
「じゃあ、駅まで送っていくよ」と上原は言った。顔には笑みが浮かんでいた。その笑顔は冴華にはこの上なく邪悪に見えた。
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