上原の話2

1/1
前へ
/13ページ
次へ

上原の話2

 冴華はエクセルにデータを入力しながら、今朝の上原の話を思い返していた。何となく、視線は上原を追ってしまう。 「では、坂田さんはプレゼンの資料に過去の販売実績を追加して下さい。吉田さんは質疑応答のシュミレーション。佐藤くんは、そうだな。本番で上がらないように掌に人って字を書いて飲んでろ」と上原は言い、周囲には笑いが起こった。いじられた佐藤も不快そうな顔はしていなかった。 「すまない。佐藤くん。君は実力は十二分にある。大丈夫だ。気を楽して行けば問題ない」と上原は言い、佐藤の背中を軽く叩いた。 「でも、やっぱり緊張します」と佐藤は俯き、消え入りそうな声で言った。 「緊張するのは大事な仕事だと思っている証拠だ。良い事じゃないか。よし。マシなおまじないを教えてやるよ」 「人を書いて飲む、じゃなくてですか?」  「胸を張るんだ。こうやって顎も少し上げて」と上原は言い、胸を張り顎を突き出した。 「何か良い事があるんですか?」と佐藤は言い、上原にならった。見れば坂田と吉田も同じ姿勢をしていた。 「胸を張って顎を上げると強気な姿勢になるよな。そうするとテストステロンってホルモンが出て、本当に強気で行けるんだ。だから、プレゼンの時は良い姿勢で行け。縮こまるな。そうすれば大丈夫だ」と上原は言った。「本番ではあんまり顎を突き出しすぎるなよ。不自然だからな。後、昼食はちゃんと取っておけよ。ちゃんと食べておかないと気持ちが焦ってくるからな。僕は奥さんに勝負弁当をお願いしたのに忘れて来ちゃったんだぜ。僕の分もみんな頑張ってくれよな」 「勝負弁当っていつものアレですか?チキンカツ弁当?」と吉田が言った。 「そうそう。チキンな気持ちに勝つんだよ」と上原は言い苦笑を浮かべた。「験担ぎも大事なんだぜ」  上原は大した話をしている訳では無かった。けれど、話し振りや気遣いが周囲に受け入れられ、やる気にさせていた。縮こまっていた佐藤も胸を張り、いつもよりも頼れる雰囲気を出していた。  冴華はそんな上原たちを見て、軽く笑みを浮かべた。今回のプレゼンも上手く行くだろう、皆、成功して自信をつけるだろう。  でも、何かが引っかかる、そう冴華は思った。この拭いようの無い違和感の正体はなんだろう。さっきの上原の話に何かヒントがあるはずだった。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加