殺人

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殺人

 まず、上原は何故、朝、あんな話をしたのだろう。不自然だ。大事なプレゼンがあるのだ。せっかく早く出社したのだから、その準備をするべきだ。くだらない話をする時間なんて無いはずだ。にも関わらず、あんな話をしたのはそこには必要があったのだ。  つまり、空き巣に入られたが見つかっていない、まだ家の中に居る可能性があるという作り話をして、空き巣の存在をでっちあげる必要があったのだ。  犯行時間は分からないが、上原は妻と息子を殺害し、その後、何食わぬ顔で出社する。そしてアリバイ作りの為、嘘の空き巣の話を皆にする。  そうだ。これなら、空き巣の話も弁当を忘れた理由も辻褄が合う。  以前、冴華は上原の妻と息子を見た事がある。大型のショッピングモールで買い物をしている時に見かけたのだ。妻はモデルのような細身の美しい人だったし、息子の方も整った顔立ちをしていた。上原はそんな2人を幸せそうに見つめていた。その光景はまるで一幅の絵画の様に見えた。冴華はそんな幸せそうな雰囲気に水をさす事はできなかった。冴華は挨拶もせず、その場を離れたのだった。  完成された幸せが壊れたのはどうしてなのだろう。冴華の思考はとめどなく続いた。  凶器は包丁だろうか、ゴルフクラブだろうか。当然、上原の持ち物だ。指紋を拭う必要も無い。よく考えたものだ。冴華の脳裏には美しい女性と愛らしい男の子が残虐に殺されるシーンが浮かび、どうしても振り払う事が出来なかった。冴華は再び、自分の肩を強く抱いた。浅い呼吸が止まらなかった。  
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