名探偵なんかじゃない。

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名探偵なんかじゃない。

「勅使河原さん。大丈夫?気分でも悪いの?」と上から落ち着いた声がした。冴華が見上げるとそこには笑みを浮かべる上原がいた。  冴華は思わず息を飲み、表情を悟られないように再び下を向いた。 「大丈夫です。すぐに良くなりますから」と冴華は声を絞り出した。 「あんまり辛かったら、大事を取って早退してね」 「はい。ありがとうございます」と冴華は俯いたまま答えた。  冴華の心には無力感が渦巻いていた。  私がもっと賢ければ、目の前の男の罪を暴いてやるのに。奥さんや息子さんの無念を晴らしてやるのに。冴華は唇を噛み締めた。  立ち上がった冴華は無力感に包まれた先程の冴華とは別人のようだった。そして上原の話の矛盾点を鋭く指摘する。そして上原はいつもの冷静さを無くし、時折、声を荒げて反論する。 「君は何を根拠にそんな事を言うんだ。どうして、僕が奥さんと息子を殺さなきゃいけないんだ!」 「ふふっ。上原さん。根拠ですか?そうですね!!シャツの首、その赤いのは何ですか?」と冴華は軽やかな口調で追い詰める。 「なっ!シャワーも浴びたし、このシャツは新品だ。血なんか着いていない!」と上原は怒鳴り、デスクをドンっと叩き、冴華を威嚇した。 「ふふふっ!」と冴華は妖艶ともとれる笑みを浮かべ、上原に顔を近づけた。「確かに赤いモノは着いてませんね?でも!ですよ?私は血なんて一言も言っていませんよ?何処から血なんて言葉が出て来たのかしら?」 「くっ!」と上原は言い俯いた。完全なる冴華の勝利だった。 「さあ!下衆野郎!汚らしい真実を吐きな!」と冴華は言い、上原を睨みつけた。「地獄に落ちて天国の2人に詫びるがいい。もっともテメェの声が届けば、だけどな」  冴華の言葉に逆上した上原は冴華に掴み掛かろうとした。しかし、次の瞬間、警察が乱入し、上原を取り押さえた。 「10時33分確保!」と警官は宣言した。そして警部が冴華に歩み寄り「いやあ。また勅使河原さんに先を越されましたな。うちの顧問になりませんか?」と言った。 「ふふっ。たまたまですわ。それに私はこの仕事が好きなので顧問はお断りしますわ」  もし、私が賢ければ、こんな風に上原を仕留めてやるのに。そう冴華は思い、唇をさらに強く噛み締めた。
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