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「でも、博士の葛藤は、今とそんなに遠いものじゃない」
ハイボールのお代わりとともに、彼はそう続けた。苦いモノを呑み込んだ顔で。
主人公は、原爆投下のあと、その甚大な被害に衝撃を受け、水爆禁止の立場に回る。そのおかげで諮問委員会に掛けられるのだが、つまり核兵器開発から手を引くことになったのだ。
意味を取り損ねて、穂高が「どういう意味?」という顔を向けると、
「戦争は、外交手段としては下の下策だが、科学・技術開発の劇薬だ。平時であれば各分野に振り分けられる予算や人材が、一極集中で集められるからな。爆発的な技術革新が起こる」
わかるか、と念を押されて、さすがに頷いた。
それは穂高にもなんとなく分かる。
原爆だけではない。戦争というのは、他の全てを犠牲にして行われる大事業だ。国土が痩せ、兵が死に絶え、国民が病み衰えるのと引き換えに、科学的な理論や技術が飛躍的に進歩する。
医療も、農業、輸送、気象予測も、少しでも戦局に役立つと思われれば、資金も人手も惜しみなく使えるのだ。
「だから……核分裂を利用した兵器が、あんな短期間で開発できた。街をひとつ、砂漠に作るくらいの勢いと速さで」
なるほど、それは事実だ。
穂高のぼんやりとした知識ではいい例がすっと思い浮かばないが、なんとなくは理解出来る。核兵器でさえ、人体実験の側面があるという話ではなかったか。
ヒトの残酷さと貪欲さに眩暈がするほど。
「研究には金が掛かるからな。〝自分の式〟を証明できるチャンスを棒に振りたくなかった博士の気持ちは、わりと想像がつく。それは……怖ろしく魅力的だったはずだ。しかも、自分が断ったとしても後釜はすぐ決まる。戦争が続くかぎり」
常々、この国の基礎研究と教育への無理解を嘆いている彼は、そう言って黙った。
そうだ、もし自由に、何に憚ることなく、
自らの理論を証明するために、湯水のように金と場と人が使えるのなら!
彼は、彼らは自問する。
悪魔に唆され、神から火を盗むことさえしただろうかと。
near-zeroを飲み込むアンフェアを、誰に、
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