<4>正直の頭に神は宿る

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 侑斗の買い物は過酷だった。  模型材料が集まる専門店でのんびり過ごすものだと思っていたのに、百均、花屋、ホームセンターに画材屋と、増える荷物と共に移動を重ねる。  いい加減飯でも食わせろと騒ぎ、インドカレー屋に腰を落ち着かせる頃には、午後三時を回っていた。 「これって、経費で落ちるの?」  模型材料で満杯のエコバッグを突きながら尋ねると、侑斗は「まさか」と肩を竦めた。 「学生だぞ。経費なんて存在しねーよ」 「え、じゃあ全部自腹?」  今日だけでいくら使ったのか暗算する。二万には届かないが、学生の侑斗にはかなりの痛手だろう。可哀そうだから、この場の会計を負担してやろうと心に決めた。 「建築のコンペって、なにやんの」 「色々あるけど…図面で一次審査、通ったら、建物の模型とパワポの資料を使って審査員の前で発表とか。今回は模型の写真と説明資料で一気に審査される」 「へー」  なんだか大掛かりだ。 「学校だって忙しそうなのに、バイトもあって、模型も作るってなったら大変じゃない?」 「建築学生って皆そんなもんだよ。それに、コンペに出るのは瀬名さんとの約束事だから」 「…ふーん」  瀬名との約束のために俺の時間を奪ったのかよ、という文句は胸に留めた。  熱々のナンを頬張っていると、隣の席から「あの…」と声をかけられた。  大学生くらいの女性が二人、遠慮がちに見つめている。携帯に表示されている舞紘の画像に気付いて、侑斗が眉をひそめた。 「あの、高椿選手ですか?」  二人はもう食事を終えていて、テーブルの上には飲み干したグラスだけが残っていた。きっと、話しかけるタイミングを伺っていたのだろう。  ──おい、マジかよ。 「…すみません、違います」 「え、でも」  女性達は携帯の画面と、目の前の舞紘をもう一度見比べる。どうみても本人だ、と思われているのだろう。  頼むから察してくれ。一人の時ならいくらだって相手をするが、今は侑斗がいるのだ。 この二人がどの程度のファンかは分からないが、もし引退したことを知っていたら。それを、この場で話されたら。 「マジで、違いますよ」  その侑斗が間に入った。驚いて視線を向けると、さも迷惑そうな表情を浮かべている。 「すみません。人違いでした」  女性達は伝票を持って席を立った。ひそひそと言い合いながら、主に侑斗の顔を見ている。 「…なんで」  ぼそりと呟くと、「なにが」と返される。 「なんで話、合わせてくれたわけ?」  こんな言葉が出るとは驚きだが、本心だった。侑斗が舞紘の嘘に付き合うなんて信じられない。 「食事、邪魔されたくなかったんだろ」 「…そう、だけど」  違う。嘘がバレるのを回避したかっただけだ。 「黙ってた方が良かったか」 「や、助かったよ。でもびっくりしたわ。怒られるかと思った」 「怒る?俺が?」 「そう。ちゃんと相手しろ、って」  侑斗は掬ったカレーをナンにのせながら、片眉を寄せる。 「いくら応援してる相手だからって、プライベートで声をかけるのはマナー違反だろ」  そうか。彼女達のマナーの悪さと、舞紘の嘘を天秤にかけて前者を取ったのか。  らしくない言動の理由が分かってホッとすると同時に、後ろめたさがこみ上げてきた。  あの二人は侑斗に悪印象を持っただろう。本当は面倒見が良くて優しい奴なのに、嘘の片棒まで担がせてしまった。  苦い思いで付け合わせのサラダをいじっていると、侑斗は「この前、公園でさ」と切り出してきた。 「お前、ブランコ乗りながら泣いてただろ」  動揺のあまり、フォークで皿を引っかいてしまった。 「誰かと電話してたよな」 「…結構前からいたんだな」 「彼女とか?」 「まあ、そーね」  正しくは、元、だが。 「仲直りしようとして、断られたのか」 「んなわけねーだろ!」  思わず、素で否定してしまった。 「違うのか」 「いや、違うっていうか…まあ、色々あって」 頭にはいくつかの嘘が浮かんだけれど黙っていた。  そのまま話を変えようとしたのに、心配そうな眼差しとかち合った瞬間、勝手に口が動いてしまう。 「…仲直り、して欲しい?」  出て行った方が良いか、とは訊けなかった。──うん、って言われたらどうしよう。  この質問は良くない。侑斗なら「自分で決めろよ」と言うに決まっている。 違う答えに誘導できる質問をするべきだった。同居期間を長引かせられる、同情を誘う何か。 「…仲直りって、彼女と?」 「他に誰がいるんだよ」  侑斗は考え込んでいるようだった。 先ほどから予想を外してばかりだ。怒られると思ったら肯定されるし、すぐに返事がくると思ったら悩ませている。  瀬名と話している侑斗は、もっと気安い態度だった。あんな風に接してくれれば、舞紘も答えを予測したり、計算したりせずにすむのに、と恨めしく思ってしまう。  自分と瀬名の違いは何だろう。付き合いの長さ。歳の差?  どれも違う。舞紘はいつも、見栄や嘘を守ることに気を配っているけど、瀬名は開けっぴろげに本音で話していた。  瀬名は実果子と似ているのだ。自分の感情を真っ直ぐ見せてくれるから、気難しい事を考えずに会話ができる。 「なんか意外」  なら──舞紘も、本音で話してみるしかない。 「侑斗って、ド直球に生きてると思ってた」 「なんだそれ」 「迷わずにスパッと決めれるってこと。…彼女と仲直りして欲しいかとか、すぐ、答えると思ってた。ほら、俺と同居するって話も、あの場ですぐしてくれたじゃん」  嘘ならすらすら話せるのに、本音となると言葉が見つからない。 「…それに、さっきも。確かに話しかけられて困ったけど、あの子達だって勇気出して声かけてくれたわけだろ。侑斗は、嘘つくなって叱ってくると思ってた」  しどろもどろになりかけたが、どうにか伝えきれた。 「お前が思ってる俺と、実際の自分がかなり違う気がするな」  侑斗は苦笑いまじりに答えた。 「…どこが?」 「全体的に。他人に嘘をつくなって叱れるほど、ご立派な人間じゃない」 「そんなことないだろ」  侑斗がご立派な人間じゃなければ、舞紘なんてミジンコのようなものだ。 「俺、忘れてないからな」 「…なにを」 「お前が藤沢を助けた時のこと」  侑斗がゆっくりと瞬きをした。
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