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図書室で勉強をしていると、実果子に呼び出された。ジュースをおごるという甘い言葉に誘われて渡り廊下へ行くと、実果子だけでなく、侑斗までいて驚いた。
「ねえ舞紘、自転車ある?」
セーラー服姿の実果子の問いかけに、厄介な空気を察した。
「ない。俺バス通だもん」
「ほらね、言ったでしょ。侑斗、あんたがチャリ貸しなさい」
「嫌だよ」
侑斗はにべもなく言う。
「ねえ、舞紘からも頼んでよ」
両手をあわせて懇願されても困る。舞紘の言葉で侑斗の心が動くわけがない。
「今コンビニくじでパンダおばけのくじやってるの。ぬいぐるみが当たったんだけど、大きすぎて歩きじゃ持って帰れなくて。侑斗から自転車借りようとしたのに、こいつ断るのよ。酷くない?」
「二ケツして帰れば良いじゃん」
「補導されるじゃない」
「されないように頑張れよ」
「嫌。それに、誰かに見られたら付き合ってるだのなんだの、また陰口叩かれるわ」
侑斗は黙って明後日の方向を見ている。そういえば、チア部の彼女と別れたという噂が流れていた。
「言わせておけば良いじゃん」
もし舞紘が女子だったら、侑斗程のイケメンと付き合ってると噂されるのは光栄と受け止めるだろう。
「い、や。この前まで侑斗が付き合ってた相手、友達のお姉ちゃんなのよ。そんな噂がたったらやりづらいったらないわ」
「その時はもっと別のインパクトでかい噂を流せば良いんだよ。皆他人のことなんてそうそう覚えてられないんだから、すぐに忘れるって」
侑斗が舞紘へ視線を向ける。相変わらず迫力のある眼差しだった。
「別の噂って?」
「…えーと。俺と侑斗がデキてるとか」
場を和ませようとした軽口は逆効果だったようだ。実果子は舞紘の言葉を無視し、侑斗を睨みつける。
「侑斗、あたし言ったわよね。こうなるのが嫌だから付き合わないでって。こっちの立場も少しは考えて相手選びなさいよ」
「…分かった、分かったよ。でも、お前にチャリ貸したら、俺が帰れなくなるだろ」
「バスで帰ればいいじゃない。定期くらい貸すわよ」
侑斗はため息と共に、自転車の鍵を実果子に放り投げた。
「やった!じゃ、代わりにこれ」
パンダのキャラクターが描かれたパスケースを侑斗の首にかけ、舞紘には紙パックのお茶を放り投げる。
「苺牛乳が良いんだけど」
「それしか売ってなかったんだもん。舞紘、侑斗と一緒に帰ってね。そいつバス乗ったことないから」
「は?」
「じゃあねー!」
実果子は軽やかにその場を去って行った。後には舞紘と侑斗だけが残される。
苦手な相手と無言でいるほど気まずいものはない。
「…えっと、帰る?」
バス停までの道のりも、バスに乗ってからも、あまり話は弾まなかったように思う。一番後ろの席が空いていて、窓際に侑斗、隣に舞紘が座った。連日のテスト勉強で睡眠不足だった舞紘はいつの間にか寝てしまい、目が覚めると、お互いの降車駅はとうに過ぎていた。
バスは海岸線を走り、侑斗は窓の外を眺めていた。橙色の空を背負い、幾重にも滲んだ太陽がゆっくりと水平線へ消えていく。
「なんだよもー。起こせよ」
舞紘の抗議に、侑斗は横を向いたまま答えた。
「天気雨が降ってたから」
「だから、なんだよ」
「…傘、持ってないんだ。バスに乗ってる内に、やむかなって」
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