<6>A lie has no legs

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 西日を見つめていた学生服姿の侑斗と、目の前にいる今の侑斗が重なる。  起きていれば良かったな、と後悔した。もう少し何か話せていれば、仲良くなって、卒業式に誘い出せる関係になっていたかもしれない。 「…本当に俺のこと、嫌ってなかった?」  女々しいと思いながら、どうしても言葉を止められない。 「俺、卑怯なとこいっぱいあるよ。藤沢が、備品盗んだかなんて正直わかんなかったのに、巻き込まれたくなくて信じるふりして…小さな嘘だってついてた。…思う事あっただろ。うざいとか、バカみたいとか、恥ずかしいとか」 「ない」  侑斗の口ぶりにわずかでも嘘がにじんでいたら、確実に見抜くことが出来た。けれどはっきりとした物言いには寸分の狂いもなく、舞紘の自信のなさからくる穿ちを一瞬で否定していく。 「嘘をつくのは…自分を隠したり偽るのは、何か理由があるからだ。悲しいことがあったり、周りに受け入れられない本音だったり…その理由を知りもしないまま、嘘を暴こうとする方がよほどうざくてバカで恥知らずだ」  乱雑に髪を撫でられ、頭が揺れた拍子に涙が零れる。 「お前の見栄は誰かを傷つけるものじゃなかった。嘘も、誰かを貶めるものじゃなかった」  笑顔を見せて侑斗はパソコンへと向き合った。舞紘は目尻をごしごしと拭いてから、侑斗の背中にタックルをする。 「いてっ。なんだよ」 「なんでもねーよっ」  侑斗が笑ったのが背中越しに伝わる。  全部話さなきゃ。今を逃したら言えなくなる。  それなのに、シトラスの香りが鼻腔をついた瞬間、弱虫な自分が顔を出した。  ──侑斗に、嫌われるのが怖い。 「…うわっ」  侑斗が背中をわずかに揺らし、バランスを失った舞紘は床に転がってしまう。 「動くなよ!」  抗議の意を込めて足をばたつかせるが、侑斗はモニターから目を逸らさない。 「…怒った?」  しつこくしすぎただろうか。寝そべったまま不安げに声をかけると、「怒ってない」と背中越しに返事がかえってくる。  舞紘は腹筋のみで起き上がると、再び侑斗の背中にもたれかかった。 「なあ、お前も銭湯行かない?」 「行かない」 「なんで。良いじゃん、裸の付き合いしよーよ」  そうしたら、打ち明けやすくなるかもしれない。でも、侑斗の裸を想像した瞬間、腹の奥がぞくりとざわめいた。  突如沸いた欲情を慌てて振り払う。こんな感覚に陥るなんて、どうかしてる。  初めて弱音を吐ける相手に出会ったから、依存してるだけだ。侑斗は男で、俺も男。妙な考えを起こすな。 「お前が暇だってことはよく分かったよ」  ファイルから取り出した紙を渡される。 「なにこれ」 「手伝ってもらった課題、教授が学外のコンペに推薦してくれたんだ。書けるとこ埋めておいて」  氏名などの基本的な情報なら舞紘でも書ける。別に暇ってわけじゃないし、と思いながら、頼まれごとが嬉しくて手を動かしていると、侑斗の携帯が鳴った。  画面に表示された名前を見て、侑斗は無言のまま携帯を手に部屋を出る。  扉が閉まるなり、ペンを放ってラグに寝転んだ。 ──面白くねーの。  瀬名からだった。さっき別れたばかりなのに、そんなに用事があるものだろうか。  むしゃくしゃした気持ちを紛らわそうと、部屋の物色を始める。卓上には三角定規、ブラシ、大きさの異なる丸があいた奇妙な定規。本棚の分厚い建築の本を眺めていると、見覚えのある背表紙に気付いた。 「月陸じゃん」  陸上雑誌のバックナンバーだった。しかも、舞紘が取材を受けた号だ。 ユニフォーム姿の自分を穏やかな気持ちで見返せて安堵する。侑斗と暮らし始める前だったら、手に取る事なんて出来なかったはずだ。  しかし、何故侑斗がこの雑誌を持っているのだろう。 (…もしかして、瀬名さんの?)  初めて会った時、瀬名は舞紘のことを知っていた。この家には頻繁に出入りしていたようだし、瀬名の私物が侑斗の部屋に置かれているのかもしれない。  自分の家に置けよ、と毒づいて我に返る。そもそもここは瀬名の家だった。  なぜ侑斗はこの家に住むことになったのだろう。こんな便利な場所にあるなら、他に希望者だっていただろう。そこまで世話をしあうような仲なのだろうか。  化粧をしていた距離といい、同居している舞紘への態度と良い、あれじゃまるで──。  頁を捲る手が止まる。馬鹿げた妄想だと思いながら、苦笑いで雑誌を元の位置に戻した。  本当にどうかしてる。二人がまるで恋人同士みたいだ、だなんて。
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