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肌寒さで目が覚めた。間近に瞼を閉じた侑斗の顔があって、寝顔まで男前だと惚れ惚れする。
クーラーのリモコンを探したけれど見つからない。薄暗い室内で目を凝らしていると、侑斗が目を開いた。
「…起こしちゃった?」
「寝てなかった」
なんじゃそりゃ、と思いながら口付けを受け入れる。
「寒くない?」
クーラーの温度を上げて欲しいと伝えたつもりが、侑斗の腕の中に閉じ込められてしまった。暖が取れることに変わりはないか、と抱き返す。
口付ければ自然と体温は上がっていき、もう一度セックスがしたくなる。侑斗も同じ気持ちらしく、耳朶を甘く嚙んできた。
「…する?」
「………めちゃくちゃしたいけど、我慢する。舞紘、多分明日しんどいぞ」
実は、すでに股関節に違和感を覚えていた。散々無理な角度に開かれたからだろう。
「じゃ、明日しよ」
「言ったな?」
「今度は俺が上に乗る」
挑発を込めた笑みで提案する。
「腹筋も背筋もあるし、めっちゃいやらしく動いてやるよ」
「やめろ、言うな。興奮するだろ」
実際、侑斗の昂ぶりが太ももに当たっている。先ほど触れさせてもらえなかった事を思い出して両手で包んでやると、「マジでやばいから」と引きはがされた。面白くない。
「なあ、お祭って明日もやってんの?」
「ほおずき祭り?やってるよ。四日間あるんだ」
「じゃ、どっか一日、実果子も誘って出かけようぜ」
名前を出すと、侑斗は不機嫌そうに眉間を狭めた。昔見ていた表情と似ていて、懐かしさに笑みが零れる。
実果子も侑斗も、お互いを許せないわけではないのだ。ただ、あまりに長い間意地を張りすぎて、折り合いのつけ方を見失っているように思える。
舞紘が力になれるかは分からないが、何かしてやりたい。だから、まずは三人で会うのだ。
どぉん、と花火の音が鳴った。そろそろ祭も終わりなのだろう。
花火の姿を想像していると、ふと、バスの窓から水平線を眺めていた高校生の侑斗を思い出した。
「…なあ」
「ん?」
「……どうして思いついたんだ?噂を消すには、もっとでかい噂をぶつければ良いなんて」
舞紘ならともかく、侑斗には不似合いな考え方だ。
すぐ答えが返ってくると思ったのに、沈黙は長かった。
「…もしかして、瀬名さん?」
「違うよ」
否定の速さに安心する。
「思いついたわけじゃない。ただ、覚えてたんだ」
「なにを?」
鼻先に口付けを受ける。瞼を開くと、侑斗が悪戯っぽく微笑んでいた。
「高校ん時の、最高に幸せだった日」
「ふーん…」
もう少し深掘りしたかったが、瞼が重くなってきた。
侑斗の高校時代に、それほど幸せな日があったと知れて嬉しい。明日、もっとこの話を聞いてみよう。
また一つ、花火の音が響く。
耳元で侑斗が何か呟いた。眠すぎて聞こえない。けれどきっと、舞紘が喜ぶようなことを伝えているのだ。
何か言ってやりたいのに、もう考えることもできない。
だから、舞紘は真実を返した。
「…あいしてる」
侑斗を愛している。
この思いに、嘘は一つもない。
【完】
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