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外へ出ると、青いリボンを垂らしたマリア像が目に入った。来るときは気付かなかったが、小さな広場が設けられていた。
聖堂と違い、この場所は色で溢れている。青い三角屋根の教会の石像、左右には色とりどりの花が揺れる花壇。
「つまんなかったか?」
侑斗の問いかけに、「楽しくはない」と正直に答える。
「俺、建築とか分かんないし」
「そうなのか?美術館で見かけた時、やたらうろうろしてたから、建物に興味あるのかと思ってた」
「あれは実果子に無理やり付き合わされただけ」
「もしかして、隈研吾とかも知らない?」
「知らねーよ」
知ってる侑斗、知らない自分。その繰り返しが面白くなくて雑に返す。
「お前、実果子とどんな話するんだ」
「会社の愚痴とか、彼氏の話とか」
「彼氏がいるのに、他の男と出歩いてんのか、あいつ」
「彼氏さんも承知だよ。俺、今家がないから…」
言いかけて、慌てて口を噤んだ。
「…家がないって?」
侑斗の眼差しが怪訝な色を帯びる。
──しまった。
「お前のとこの実業団、寮持ってないのか」
「寮はあるんだけど…」
偽りを捨て、隣人に真実を語りなさい──聖書の一文が脳裏にちらつく。
その場しのぎの言い逃れで憶測されたくはない。だが、みっともない現実を明かすのも嫌だ。
「ほら、実業団休んで、色々考えたいって言っただろ?その間は寮を出て、彼女と同棲することにしたんだ。でも、喧嘩しちゃってさ。お互い冷静になるために、一旦別々に暮らそうってことになって」
結局、口から出まかせを並べた。
「それがどう実果子と関係してるんだ」
「あいつの部屋借りてるんだよねー。今出張行ってて、帰ってくるまでに家を見つけるって約束したんだ」
笑ってくれた方が楽なのだが、真面目さ故か、侑斗は眉間に深く皺を寄せた。
「…彼女がいるのに、お前、実果子んとこにいるのか?寮に戻らないで?」
「寮にいると落ち着いて考えられないじゃん。実果子が帰ってきたら即出てくから、ルームシェアってわけじゃないし」
「彼女は知ってるのか」
知ってるわけねーだろ別れてるんだから、という言葉は飲みこみ、曖昧に笑った。
「…嘘ついてるのか」
後ろめたさをざらりと撫でられ、虚勢で返す。
「嘘っていうか、言わなくて良いことは黙ってるだけ」
この流れはよくない。侑斗は誤魔化しを嫌う性格なはずだ。
せっかく話し相手くらいの関係にはなれたのに、高校時代の雰囲気に戻りたくなかった。風向きを変えようと、わざとらしく背伸びをして歩き出す。
「飯、どこ行く?」
だが、数歩あるいても侑斗は同じ場所に留まっていた。気を損ねたかと振り返ると、不機嫌そうに舞紘を見つめている。
恐怖から口元を引きつらせると、侑斗は低い声で言った。
「ちょっと付き合え」
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