<2>嘘も方便

4/5

65人が本棚に入れています
本棚に追加
/28ページ
 外へ出ると、青いリボンを垂らしたマリア像が目に入った。来るときは気付かなかったが、小さな広場が設けられていた。  聖堂と違い、この場所は色で溢れている。青い三角屋根の教会の石像、左右には色とりどりの花が揺れる花壇。 「つまんなかったか?」  侑斗の問いかけに、「楽しくはない」と正直に答える。 「俺、建築とか分かんないし」 「そうなのか?美術館で見かけた時、やたらうろうろしてたから、建物に興味あるのかと思ってた」 「あれは実果子に無理やり付き合わされただけ」 「もしかして、隈研吾とかも知らない?」 「知らねーよ」  知ってる侑斗、知らない自分。その繰り返しが面白くなくて雑に返す。 「お前、実果子とどんな話するんだ」 「会社の愚痴とか、彼氏の話とか」 「彼氏がいるのに、他の男と出歩いてんのか、あいつ」 「彼氏さんも承知だよ。俺、今家がないから…」  言いかけて、慌てて口を噤んだ。 「…家がないって?」  侑斗の眼差しが怪訝な色を帯びる。  ──しまった。 「お前のとこの実業団、寮持ってないのか」 「寮はあるんだけど…」  偽りを捨て、隣人に真実を語りなさい──聖書の一文が脳裏にちらつく。 その場しのぎの言い逃れで憶測されたくはない。だが、みっともない現実を明かすのも嫌だ。 「ほら、実業団休んで、色々考えたいって言っただろ?その間は寮を出て、彼女と同棲することにしたんだ。でも、喧嘩しちゃってさ。お互い冷静になるために、一旦別々に暮らそうってことになって」  結局、口から出まかせを並べた。 「それがどう実果子と関係してるんだ」 「あいつの部屋借りてるんだよねー。今出張行ってて、帰ってくるまでに家を見つけるって約束したんだ」  笑ってくれた方が楽なのだが、真面目さ故か、侑斗は眉間に深く皺を寄せた。 「…彼女がいるのに、お前、実果子んとこにいるのか?寮に戻らないで?」 「寮にいると落ち着いて考えられないじゃん。実果子が帰ってきたら即出てくから、ルームシェアってわけじゃないし」 「彼女は知ってるのか」  知ってるわけねーだろ別れてるんだから、という言葉は飲みこみ、曖昧に笑った。 「…嘘ついてるのか」  後ろめたさをざらりと撫でられ、虚勢で返す。 「嘘っていうか、言わなくて良いことは黙ってるだけ」  この流れはよくない。侑斗は誤魔化しを嫌う性格なはずだ。 せっかく話し相手くらいの関係にはなれたのに、高校時代の雰囲気に戻りたくなかった。風向きを変えようと、わざとらしく背伸びをして歩き出す。 「飯、どこ行く?」  だが、数歩あるいても侑斗は同じ場所に留まっていた。気を損ねたかと振り返ると、不機嫌そうに舞紘を見つめている。  恐怖から口元を引きつらせると、侑斗は低い声で言った。 「ちょっと付き合え」
/28ページ

最初のコメントを投稿しよう!

65人が本棚に入れています
本棚に追加