白い封筒の告発

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* * *  翌日、土曜日。  残るは、道路交通法違反、器物破損、不法侵入。  まず、イヤホンをしながら自転車に乗ったことを謝りに交番へ行った。警察官は「今度から気を付けてね」とだけ言い、あっさり帰らされた。  その足で、近所の公園へ行った。  遊んでいた小学生の男の子をつかまえた。1か月ほど前に俺は、公園前を通るとき、自転車でカエルを踏んでしまった。  そのときに、この小学生は「動物を殺したら器物破損だぞ!」と大声で騒いでいた。  彼にカエルの件を尋ねたが「覚えてない!」と言い放ち、友達の方へ戻って行った。こうして4つ目の犯罪が消えた。  最後が不法侵入。  この時点で気が付き始めていた。  俺自身が犯罪と思っていたことは、犯罪性がないか、極めて軽微なものだったのではないかと。  不法侵入――それは、公園裏の小高い丘を散歩していたときのことだ。  公園から森の細道を抜けて歩いていると、古い民家の軒先に出た。  家の奧から、老人が睨みつけていた。俺はビビッて逃げた。勝手に人の敷地に入ってしまったのだ。  老人が好きそうな饅頭の詰め合わせを紙袋に入れて、呼び鈴を押した。  結果……穏便に解決。「公園からいつのまにか私道になるので、よく人が迷い込んでくるんじゃ。わざわざ謝りに来るなんて、感心な若者じゃの」とのこと。  こうして、俺の犯罪は……犯罪と思っていただけだということが判明した。  では、便箋に書いてあった秘密とはなんだ?  不安になる。  分からないからこそ、余計に不安になった。 「来週、東京に行くよ。会えるの楽しみ」  彼女の声を聞いて、俺は覚悟を決めた。 ――知られて困るような秘密はない。 * * *  彼女が父と腕を組んで近付いてくる。  彼女を俺に受け渡すためだ。  それまでの約10秒で、やりとげなければならないミッションがある。  犯人に……俺のポストにあの封筒を入れた犯人に、先ほど撮った写真を送信するのだ。それでこの件は、本当の終わりを迎える。  メッセージアプリを手早く立ち上げて写真を添付した。そして、送信ボタンを押す。  送り先は男性――彼女の父親。  まだ彼女が幼いころに別れた、顔も覚えていない父。  弁護士として仕事をしており、そこで知った事件を真似て俺を試した彼女の肉親。  俺は『バラされて困る秘密はないので、100万円は払いません』と便箋に書いてコインロッカーへ入れた。  その後、物陰に隠れて見張った。そして、ロッカーを開けた男性を捕まえて、問い詰めたのだ。  男性は、彼女の父だった。 「娘の結婚相手がどんな人間か知りたくて……すまないことをした」  男性は、頭を下げた。  白髪混じりで知性的な人物だった。俺の書いた便箋を読み「娘を任せられそうだ」と言った。 ――あの人も極度な心配性なのだろう。離れ離れになったとはいえ、実の娘が結婚するのだ。相手か気になるのは親心というもの。  そう自分を納得させて、俺はスマートフォンをポケットに入れた。 (了)
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