白い封筒の告発

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白い封筒の告発

 俺は、なかなか来ないエレベーターに苛立ちながら、スマホで時間を確認した。  遅刻してしまう。  駅まで自転車で、底から電車。通勤には約1時間かかる。  会社の近くに住みたいが、20代の給料では都心の家賃は高すぎる。結果、住むのは郊外になってしまう。  エレベーターに乗り込んで一階へ。  ふと、前の日に郵便ボックスを確認していないことを思い出した。自動ドアの手前にあるボックスを開ける。  チラシが2枚に、電気代の明細、あと……小さな封筒が一通。  なんだ?  裏表を確認するが、宛名も差出人も記載されていない。  自治会のお知らせかな?  それにしては、きっちり封がされている。  俺は潔癖症だ。封筒はハサミで綺麗に開けたい  手で破くのはポリシーに反するので、とりあえずリュックサックに放り込んだ。  そうだ、今日は木曜日。  飲み会の予定がある。  自転車を置いて行くか?  いや、遅刻する。  帰りは、駐輪場に置いておけばいい。 * * *  午後七時、新橋駅前。  梅雨に入ったが、晴れが続いており蒸し暑い。  俺が勤めているITシステム開発の会社は、テレワークと出社が半々のハイブリッドワークを採用している。  職場が家と会社の両方なので、リュックサックには常にノートPCが入っていた。重さで、暑さが加速する。 「マッツー。久しぶり! 相変わらずデカいな」  駅前で待っていた俺の後ろから、聞きなれた声がした。  大学時代の友人、長島だ。あだ名は『長さん』。共にアメリカンフットボール部に所属していた仲間だ。  ちなみに『マッツー』は、俺の苗字『松井』からきている。 「長さんだって、人のこと言えんだろ。運動してる?」 「卒業して5年、運動不足街道をひた走ってる。先に居酒屋に入ろうぜ。ビールが飲みたい」  長さんは、ワイシャツから飛び出した腹をパンと叩いた。クオータバックという花形ポジションだった頃の面影はない。  ほどなく、残り2名も店に入ってきた。セッキーこと関口と、相変わらずイケメンの安田だ。 「安田、社会人でアメフト、まだやってるのか?」  俺が聞くと「今年までかな」とのこと。  ビールが運ばれてきて、乾杯。大学時代の話から、仕事の話まで話題には事欠かない。 「俺、結婚することになった」  皆、酔いがまわってきたころ、安田が唐突に切り出した。  初耳だ。俺だけでなく、長さんもセッキーも驚いている。 「大学時代から付き合っていた、あの子?」  学生時代から仲がよかったセッキーが、安田の肩を叩く。 「ああ、もう8年になる。『そろそろ、どう?』って言ったら『いいんじゃない』って」 「ムードがないプロポーズだな」  俺も長さんのコメントに同意だ。  付き合いが長くても、女性はロマンチックな雰囲気を求めるものだ。  俺は安田と違って、ちゃんとやった。まさに先週のことだ。 「実は、俺も結婚するんだ」  大学の友人には、この場で言うつもりだった。  安田に一番乗りを許してしまったが、話題が変わる前に告げるのが得策だと考えた。 「おお、マッツーもか! 結婚ラッシュに突入? 遠距離恋愛してた、例の彼女か?」  長さんが、嬉しそうに肩を組んでくる。  東北出身の俺には、高校時代から付き合っている彼女がいる。  俺は関東の大学に進み、彼女は地元の大学に進学した。  社会人になって、俺は関東勤務となり、彼女は地元で就職して、遠距離恋愛が継続していた。  母子家庭で一人娘の彼女が、実家を離れてこっちに来るのだ。生半可な態度をとる訳にはいかない。 「転職して、関東に出てくることになったんだ。いいタイミングだと思って、プロポーズした。俺は、高級レストランを予約したけどな」  安田をチラッと見るが、彼は素知らぬ顔で日本酒を口に運んでいた。  その後しばらく、話題が俺と安田に集中した。 「おめでたい話はここまで。話題を変えるぞ。酔い覚ましに、涼しくなる話をしてやろう!」  長さんが両手をパンと叩いた。  質問攻めに疲れていたので、安堵する。 「マッツーと安田は、知っておくべき事件かもな」  俺と安田は顔を見合わせた。 「俺より入社が3年早いので、今年で30歳になる先輩。経理部にいた」 「過去形で話してるけど、その人はもう、会社にいないのか?」  セッキーが質問する。 「まあ、そういうことだ。3日前に退職した」 「転職するため……ってわけじゃなさそうだな」  安田が眉を寄せて、難しい顔をする。 「会社に密告があったんだ。先輩は犯罪者だってな」 「穏やかじゃないな」  俺はビールジョッキを置いて、机に前のめりになる。 「駅で盗撮をしたという内容。階段の下からスマホで、スカートの中をパシャリ。女性のパンツなんて、見たいのかね」  長さんが腕組みをして首を傾げる。盗撮は立派な犯罪だ。軽々しく行うものではない。 「人事課に匿名の封筒が来たそうだ。先輩はすぐに呼び出された。最初は否定していたみたいだけど、人事に写真を見せられて観念したらしい」
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