4人が本棚に入れています
本棚に追加
白い封筒の告発
俺は、なかなか来ないエレベーターに苛立ちながら、スマホで時間を確認した。
遅刻してしまう。
駅まで自転車で、底から電車。通勤には約1時間かかる。
会社の近くに住みたいが、20代の給料では都心の家賃は高すぎる。結果、住むのは郊外になってしまう。
エレベーターに乗り込んで一階へ。
ふと、前の日に郵便ボックスを確認していないことを思い出した。自動ドアの手前にあるボックスを開ける。
チラシが2枚に、電気代の明細、あと……小さな封筒が一通。
なんだ?
裏表を確認するが、宛名も差出人も記載されていない。
自治会のお知らせかな?
それにしては、きっちり封がされている。
俺は潔癖症だ。封筒はハサミで綺麗に開けたい
手で破くのはポリシーに反するので、とりあえずリュックサックに放り込んだ。
そうだ、今日は木曜日。
飲み会の予定がある。
自転車を置いて行くか?
いや、遅刻する。
帰りは、駐輪場に置いておけばいい。
* * *
午後七時、新橋駅前。
梅雨に入ったが、晴れが続いており蒸し暑い。
俺が勤めているITシステム開発の会社は、テレワークと出社が半々のハイブリッドワークを採用している。
職場が家と会社の両方なので、リュックサックには常にノートPCが入っていた。重さで、暑さが加速する。
「マッツー。久しぶり! 相変わらずデカいな」
駅前で待っていた俺の後ろから、聞きなれた声がした。
大学時代の友人、長島だ。あだ名は『長さん』。共にアメリカンフットボール部に所属していた仲間だ。
ちなみに『マッツー』は、俺の苗字『松井』からきている。
「長さんだって、人のこと言えんだろ。運動してる?」
「卒業して5年、運動不足街道をひた走ってる。先に居酒屋に入ろうぜ。ビールが飲みたい」
長さんは、ワイシャツから飛び出した腹をパンと叩いた。クオータバックという花形ポジションだった頃の面影はない。
ほどなく、残り2名も店に入ってきた。セッキーこと関口と、相変わらずイケメンの安田だ。
「安田、社会人でアメフト、まだやってるのか?」
俺が聞くと「今年までかな」とのこと。
ビールが運ばれてきて、乾杯。大学時代の話から、仕事の話まで話題には事欠かない。
「俺、結婚することになった」
皆、酔いがまわってきたころ、安田が唐突に切り出した。
初耳だ。俺だけでなく、長さんもセッキーも驚いている。
「大学時代から付き合っていた、あの子?」
学生時代から仲がよかったセッキーが、安田の肩を叩く。
「ああ、もう8年になる。『そろそろ、どう?』って言ったら『いいんじゃない』って」
「ムードがないプロポーズだな」
俺も長さんのコメントに同意だ。
付き合いが長くても、女性はロマンチックな雰囲気を求めるものだ。
俺は安田と違って、ちゃんとやった。まさに先週のことだ。
「実は、俺も結婚するんだ」
大学の友人には、この場で言うつもりだった。
安田に一番乗りを許してしまったが、話題が変わる前に告げるのが得策だと考えた。
「おお、マッツーもか! 結婚ラッシュに突入? 遠距離恋愛してた、例の彼女か?」
長さんが、嬉しそうに肩を組んでくる。
東北出身の俺には、高校時代から付き合っている彼女がいる。
俺は関東の大学に進み、彼女は地元の大学に進学した。
社会人になって、俺は関東勤務となり、彼女は地元で就職して、遠距離恋愛が継続していた。
母子家庭で一人娘の彼女が、実家を離れてこっちに来るのだ。生半可な態度をとる訳にはいかない。
「転職して、関東に出てくることになったんだ。いいタイミングだと思って、プロポーズした。俺は、高級レストランを予約したけどな」
安田をチラッと見るが、彼は素知らぬ顔で日本酒を口に運んでいた。
その後しばらく、話題が俺と安田に集中した。
「おめでたい話はここまで。話題を変えるぞ。酔い覚ましに、涼しくなる話をしてやろう!」
長さんが両手をパンと叩いた。
質問攻めに疲れていたので、安堵する。
「マッツーと安田は、知っておくべき事件かもな」
俺と安田は顔を見合わせた。
「俺より入社が3年早いので、今年で30歳になる先輩。経理部にいた」
「過去形で話してるけど、その人はもう、会社にいないのか?」
セッキーが質問する。
「まあ、そういうことだ。3日前に退職した」
「転職するため……ってわけじゃなさそうだな」
安田が眉を寄せて、難しい顔をする。
「会社に密告があったんだ。先輩は犯罪者だってな」
「穏やかじゃないな」
俺はビールジョッキを置いて、机に前のめりになる。
「駅で盗撮をしたという内容。階段の下からスマホで、スカートの中をパシャリ。女性のパンツなんて、見たいのかね」
長さんが腕組みをして首を傾げる。盗撮は立派な犯罪だ。軽々しく行うものではない。
「人事課に匿名の封筒が来たそうだ。先輩はすぐに呼び出された。最初は否定していたみたいだけど、人事に写真を見せられて観念したらしい」
最初のコメントを投稿しよう!