白い封筒の告発

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「写真?」 「盗撮しているところを撮影した写真が、封筒に入っていたらしい。人事はそれを見せた」 「人事は、そんな情報を信じたのか? 社員を守る意識はないのか?」  長さんに食って掛っても仕方ないのだが、俺は思わず言ってしまった。 「本人が認めたからな。被害者が不明なので、人事は警察に言うのはやめたらしい。しかし、先輩が退職することが条件。自己都合の退職にしてもらえたことは、温情措置だったんだろうな」 「長さん、社内情報に詳しいな」 「人事部に同期がいてね。ペラペラと、しゃべってくれるわけよ」 「確かに酔いがさめる話だ。でも、そんな話、珍しくない気がするけど。社内で不倫とか、使い込みとか、それと同じたぐいだろ」  セッキーが呑気な口調で、唐揚げに手を伸ばす。 「いや、ここからが特異なところだ。その先輩が人事におかしなことを言ったらしい。『くそっ、ケチって、失敗した』って」 「ケチった?」  長さん以外の3名が、顔を見合わせる。 「その先輩が言うには、密告の一週間ほど前に、匿名の封筒を受け取ったらしい。中にはこう書いてあった。『お前の秘密を知っている。会社にバラされたくなければ、100万円を払え』と。受け渡し方法も書いてあったらしい」 「先輩は払わなかったんだな。それで、秘密がバラされた」  安田が、うなずきながら分析した。 「先輩、会社を辞めたあと、弁護士に相談したらしい。その弁護士が会社に聞き取りに来たそうだ。弁護士の話によると、似たような事件が複数、起こっているらしい」 「同一犯か? 怖いな。 誰がそんなことを」 「業界の人間らしい。業界といってもヤクザじゃないぞ。週刊誌業界。週刊誌には、いろんなネタが売り込まれる。ネタを仕入れる連中がやっているらしい。芸能人の大きなスキャンダルには滅多に遭遇できない。だから、取材ノウハウを活用して一般人をゆすっている、そういう構図みたいだ」 「プロの手に掛かれば、個人の悪事なんて、いとも簡単に暴かれる。怖いな……」  自分の言葉に、俺はハッと息を飲んだ。  匿名の封筒……朝、リュックサックに放り込んだ『それ』を思い出したからだ。  焦った俺は、リュックサックから封筒を取り出してポケットに入れた。そして、「ちょっとトイレ」と告げて席を立った。  トイレに入り、内側から鍵を掛ける。個室が1つだけなので、長居はできない。  ポケットから取り出した封筒を、手で荒々しく破いた。  中には、折りたたまれた便箋が一枚と、銀色の鍵が入っていた。震える指先で便箋を開く。 『君の秘密を知っている。婚約者にばらされたくなければ、1週間後に100万円を払うこと。支払い方法は――』 「ああ……」  うめき声が漏れた。  隠したい秘密。長さんの話と同じだ。  頭の中が混乱し始めた。俺は潔癖症なだけでなく、心配性でもある。  ひとたび心配になると、不安が雪だるま式に大きくなる。  ドアに鍵を掛けたか気になり、駅から家に戻るほどだ。  思い当たることは……脳内を高速で検索した。  ある。  ありすぎるほどある。  どれだ?  どのことを言っている?  冷静になれ。まずは、落ち着け。  右手の指を折りながら、ばらされたくない秘密を数えはじめた。  一つ目、横領。  二つ目、万引き。  三つ目、道路交通法違反。  四つ目、器物破損。  五つ目、不法侵入。 「ああ……」  俺は再びうめき声を上げた。  法的に問題のある行動。どれか1つでも彼女が知ってしまうと、結婚どころではなくなる。  これは立派な脅迫だ。警察に駆け込むか?  だめだ。  警察沙汰にしたことを犯人が知ったら、悪事を彼女にばらされるだけだ。  便箋には『婚約者』とある。  身辺調査は実施済みということ。どこで、俺や彼女を観察しているか知れない。  彼女にだけでなく、犯人は俺の悪事を警察に漏らすかもしれない。  結婚できなくなるだけでなく、逮捕されるかもしれない。そうしたら、人生が終わる。  100万円を払うか?  受け渡しはコインロッカー経由とある。封筒に入っていた鍵がそれだ。  結婚資金がちょうど100万円ある。使ってしまうと、結婚式を伸ばさなければならない。  しかし、まだ日取りを決めていない。  彼女が東京に出てきたら、まず、俺のマンションで同棲を始める予定だ。資金が貯まるまで伸ばせばいいだけ。  しかし、一度払ってしまうと足元をみられる。  秘密は犯人が握ったままだ。再び脅迫されるリスクがある。  やはり……悪事を一つずつ確認するしかない。  自分の責任ではないとか、やっている証拠がないなど、言い逃れを見つけるのだ。そうしたら、100万円を払う必要はないし、もし彼女が知っても説明できる。  鏡で自分の顔を確認した。酔いで真っ赤だったはずの顔は、青白くなっていた。まるで、海で溺れた死人のようだ。  大丈夫、大丈夫だ。  1週間の間に、全ての懸念を潰せばいい。  俺は席に戻ると「調子が悪くなったから帰る」と、多めの代金をテーブルに置いて店をでた。  長さんたちは引き留めようとしたけれど、聞こえないふりをした。
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