白い封筒の告発

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* * *  ドアがゆっくり開かれると、そこには、彼女が立っていた。俺の父と腕を組んでいる。 「新婦が入場します」  二人が大理石の通路を歩いてくる。これぞ、バージンロードといった印象。  窓の外から柔らかな光が差し込み、白いウェディングドレスをまとった新婦の姿を美しく照らし出す。  彼女――俺の妻となる新婦は、喜びと緊張が入り混じった微笑みを浮かべていた。  椅子に座る友人たちが「本当にきれい!」「ドレス、すごく似合ってる!」と、ささやき合う。静かだったチャペルの空気が一変し、活気を帯びる。  新婦の姿に見惚れつつ、タキシードのポケットからこっそりとスマートフォンを取り出した。  そして、写真アプリを立ち上げて、新婦と父の写真を撮った。  パシャと想像より大きな音がしてしまう。それに気が付いたコーディネーターの女性が俺にサッと歩み寄ってきた。 「写真はカメラマンが撮っています。ご自分のスマホでの撮影は控えてください」  耳元で囁くと、風のようにいなくなった。  俺は苦笑いをしてスマホを確認する。  純白のドレスに身を包んだ彼女。今まで見たどんな写真よりも、美しく、幸せが溢れていた。  窓の外に広がる海に視線を移す。  ああ、この日を迎えることができて、本当に良かった。  人生転落の崖っぷちに立っていた3ヶ月前が、遠い昔のようだ。 * * *  飲み会を抜け出し、まっすぐ自宅に戻る。ノートを取り出し、白紙のページを開いた。  ①横領  ②万引き  ③道路交通法違反  ④器物破損  ⑤不法侵入  帰路で過去の行動を、何度も振り返った。この6つの何れかが脅迫の対象だろう。複数かもしれない。  いずれにしても、最大で6個だ。これらを潰せれば安泰。  今日はできることはない。明日からが勝負だ。  一度はパニックになったが、ベッドに入る頃には冷静さを取り戻していた。 * * *  翌日、遅刻しないように出社した。  テレワークの予定だったが、変更して会社に出ることにした。  まずは『①横領』の処理だ。そのためには、出社するしかなかった。  方法は1つだけ。  経理課にコンタクトするのだ。そこから、情報が漏れた可能性があるかを探る。  自分の罪を隠しつつ、情報を聞き出すのは難易度が高い。  それでもやるしかない。  知り合いの経理課長にメッセージを入れた。『旅費精算のことでお尋ねしたいことがあります』と書いておいた。  ほどなく返信が来て、午後に会う約束を取りつけた。 「旅費精算なんて、マニュアル見てよね」  会議室に入ると、先に来ていた経理課長が苦言を口にした。  正論だ。  俺は、買っておいた缶コーヒーを机に差し出すことで、雰囲気を和らげることに成功した。 「何を聞きたいのかな?」  俺より10歳くらい年上だろう。年齢以上におじさん臭い課長が、缶コーヒーを開けた。 「あの、その……この前、大阪に出張したときの精算についてなんですが」  ヤバいと思ったが、言葉は取り戻せない。俺は遠まわしに話すのが苦手だ。仕方ないので、素直に話すことにした。 「新幹線を降りて、在来線で目的の駅まで行くとき、支払った額よりも、高いお金で経費精算してしまいました」  課長が眉を寄せた。  出張当日、会議まで時間があったので、遠回りして推奨経路より安い路線で移動した。  出張後、会社の推奨経路で精算をした。  結果、200円ほど俺は得をしてしまった。これは、会社の金を横領したことになる。精算したあとに後悔した。 「君……」  課長の顔を見て凍り付いた。「会社人生が終わった」そう思った。 「そんなことを、わざわざ言いにくる人、いないよ。数百円のことでしょ。この打ち合わせの時間だけで、その分以上のコストがかかっているよ。今回は目をつぶるから、次回はちゃんと会社の推奨ルートで行ってください」  課長は、俺の肩をポンと叩いて会議室を出て行ってしまった。  助かった……のか?  課長の態度を見ると、大事件ではなさそうだ。  その態度から察するに、仮に犯人に漏れていたとしても、犯罪として取り扱う必要はなさそう。  耐えた! 耐えたぞ!
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