1人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
* * *
一つ目の難関をクリアして、心に余裕が出てきた。
しかし、仕事を終える時間が近付いてくると、再び緊張感が高まった。
二つ目『万引き』に挑む必要があるからだ。
残業をせずに帰路に着く。
最寄り駅と、自宅マンションの中間地点にある小さなスーパーマーケット。
俺は入口の前で大きく深呼吸をした。
年配の夫婦とアルバイト数名で営業している地元のスーパー。閉店間際、半額のお惣菜を買うためによく利用している。
店員は皆、顔なじみだ。そんなお店で、俺はあろうことか万引きをしてしまった。言い逃れができない犯罪。
その事実が漏れたのかを確認しなければならない。
確認方法は一つ。素直にやったことを告げて謝るのだ。
その時、誰かに漏らしたか確認する。
あとは、温情で許してもらうことを願うばかりだ。
もし、警察に突き出すと言われたら、ジ・エンド。
黙っているほうが賢いが、そうしたら漏れたかどうか確認することができない。
万引きをしたのは一週間前。
その後、店を利用していない。
意を決して自動ドアの前に立つ。
入店すると、まっすぐレジへと向かう。
いたのは、店長の奧さんだ。今日はアルバイトのおばさんではない。
ちょうどいい。経営側の人間に謝るべきだ。
「いらっしゃい、学生さん」
奧さんはいつも、こう言う。
初めてここを利用したときに同じことを言われ、「これでも会社員です」と答えた。それを覚えており、冗談で言うのだ。
しかし、今日の俺はいつもの返答をする余裕はない。
「すみませんでした!」
レジ台に当たりそうになるほど、頭を下げた。顔を起こすと奧さんは目を丸くしていた。
「一週間前に、万引きをしてしまいました」
改めて頭を下げる。
「どういうこと? ちゃんと説明して」
奧さんの声には疑念が混じっていた。
「ガムを2個と、袋ラーメンをカゴに入れてレジに並びました。レジは太ったアルバイトのおばさんでした。家に帰ってから気が付いたんです。レシートを見たら、ガムが1個分しかレジを通っていないことに」
同じ商品を買う場合『2個』とレジに打ち込む必要がある。
しかし、アルバイトのおばさんは怠ったのだ。
手元に商品が2個あるのに、お代は1個分しか払っていない。これは、1個盗んだのと同じだ。
「すぐに返しにくれば良かったのですが……すみません!」
リュックサックから未開封のガムとレシートを取り出し、差し出した。
「まったく、あのアルバイト……頭、上げてちょうだい」
俺が顔を上げると、おばさんは笑顔だった。
「あの人、ミスが多いのでクビにしたのよ。レジの計算、何度も間違うのよ。困っちゃうわ。気をつかわせちゃって、ごめんなさいね。こちらこそ、謝らなきゃ。このガム、お詫びに取っておいて」
俺は両手を体の前でプルプルさせて拒否した。
「お願いします、払わせてください」
それでも奧さんは商品を渡そうとしたが、最後は折れた。
「次は若いアルバイトを雇う予定。また、来てちょうだいね」
耐えた……耐えたぞ!
二つ目の試練をクリアだ。
俺は小さくスキップしながら、店を出た。
最初のコメントを投稿しよう!