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というわけで、すっかり寝ぼけた頭も冴えわたってきた私はキッチンに行くと蛇口をひねってみることにした。
すると、どういうことだろうか。
いつもなら透明の水が出るところなのに、水とは全く無関係なものがひねり出されたのだ。
それは、黒くて丸い粒だった。
透明の膜につつまれていて、連なって出てくる様子は「あ、蛙の卵」と瞬時に思うような光景だった。
呆気に取られすぎてしまい蛇口を止めるのも忘れて、出てき続けるそれを眺めていると、それがポトンと下にぶつかった。
瞬間、黒い粒から小さな人魚が現れた。殻を割る、というよりは、黒い粒が人魚の形に変身する、と言った方が正しいかもしれない。ただ、透明の膜は纏ったままだ。試しに指でつついてみたらぬるぬるとしていて、絶妙に気持ちの悪い感触だった。
そして、それは蛇口から永遠と出てきていた。
流石にこれ以上増殖するのはまずいと私は蛇口を止めたが、ふと、視界の端に何度もうつった、色んな所を這う黒い影を思い出した。
それは、いまキッチンの流し場でちょこちょこ張っている小さな人魚と同じくらいの大きさだったように思う。
相変わらず、この家の人々の悲鳴は聞こえている。
私は今一度、振り返って改めて確かめることにした。
すると、バスルームの閉じられた扉からは蛇口から出てきた人魚より一回り小さい人魚たちが這い出てきており、洗面所の方からは流し場と同じくらいの大きさの人魚たちがちょこちょこと出てきていた。
トイレの方にも目をやったが、流すたびに出てきているのだろうことが大体想像がつく。
一体どの大きさでどの数が出てきているかなどは想像がつかないが、どんどんと暴れている様子や悲鳴の感じからして扉を開けた瞬間とんでもないことが起こることは予想がついたので、とりあえず私は変に巻き込まれないように家を出ることにした。
そして、まぁ、予想通りでもあったのだが、あらゆる家から悲鳴が聞こえていた。
まさに、パニック状態だ。
恐らくどの家も、私が今出てきた家と同じような状態にあるのだろう。
ふと、近くの排水溝を見ると、子猫ぐらいの大きさの人魚が「よいしょ」と声を出しながら這い出てきていた。
大きめの人魚はしっかり喋れるんだなぁ、と思いながら、私は急にとある疑問が頭をよぎった。
海は、どうなっているのだろうか?
今のところ、水が出る場所が全て人魚になっている、という状況だ。
ということは、川とか海とか湖とか、水だらけの場所は一体どういうことになっているのだろうか。
そんな好奇心に駆られた私は、家から海までの距離は徒歩10分もかからないこともあり、走って見に行くことにした。
すると、どうだろうか。
人魚はいるにはいた、が。
妙にムキムキの上半身をした男集団、という名の人魚が「フン、ハ!フン、ハ!」とリズムよく拳を交互に突き出す修行のようなものをしているではないか。
しかも、私の視界がうつる限りの海一面で。
ひとまず、水、というものは私には見えなかったが、蛇口から出てきた人魚たち同様、そのムキムキボディビルダー的人魚たちも透明な膜のようなもので覆われていた。
呆然と私がその光景を眺めていると、ふと、全員の視線がこちらを向いた。
まぁものの見事に一斉に向くものだから、思わずビクっと肩を震わせてしまった。いや、普通の人であっても、一斉に視線が向けられるのは怖いだろう。
すると、海が割れるように、人魚の集団が真っ二つに分かれ、その間からたっぷりとした白髭を蓄えた老紳士のような人魚がやってきた。
最初は遠くからであったので小さく見えていたが、私に近づいてくるその人魚は、人間の3倍はあるであろう大きさであった。
魚の下半身である尾ひれをずり、ずり、と湿っぽい地面の上で這わせながらこちらに来る様子はどこか蛇を思わせるようなものがあったが、私の目の前まできたその老紳士人魚を見て私は悟った。
もう、無理だな、と
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