ダイゴロウ

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 それから暫くして、──朝晩がだいぶん冷え込むようになってきた頃だったな。  縄張りのパトロールから帰ってきた俺は、寝ぐらの前で、イスに座って川を眺めているジイさんを見つけた。  まぁ、いつものことだと思って、ジイさんの横に降りていった。 「カ~〜!」  俺はジイさんに呼びかけたが、ジイさんは川を見つめたまま動かない。 「かぁ?」  俺は首をひねってあざと可愛いポーズをとってみたが、ジイさんは微動だにしない。  俺はちょっとムッとして、ジイさんの前に回り込んだ。ジイさんの顔を見上げると、ジイさんは川ではなく、どこか遠くを見ているようだった。 「カァッ!」  俺が大きな声をあげると、やっとジイさんが俺の方に視線を移した。 「あぁ、ダイゴロウか……」  そう呟くように言うと、再び視線をどこか遠くへと向け、ぽつりぽつりと話し始めた。 「こうやって夕日を見てると時々思い出すんだわ。こんな夕日を見ながら、家族の待つ家に帰ってたなってさ」 「カ?」  俺は、 “家族の待つ家に帰る“ がよくわからなくて首を傾げた。 「あの時もっとこうしていれば、俺がもっと踏ん張れてたら、まだあの家に帰れていたのかなって後悔が押し寄せてくるんだよ。妻にも息子にも苦労かけずに済んだんじゃないかって。──人の幸せってのは、まるで薄氷の上にあるようなもんなんだ。ちょっとしたことで簡単に崩れて落ちちまう……。でもってな、一度、崩れて落ちちまったら、もう元には戻れないんだ……厳しいもんだよなぁ……」  ジイさんは夕闇が迫り始めた空を見ながら、ため息を吐くように呟いた。  俺はジイさんのその言葉を聞いて、だんだんと腹がたってきた。  ──今に幸せはないのか⁉  俺はカラスだから、ニンゲンの暮らしや、理想なんてわからないさ。  でも、今の暮らしを否定するってことは、俺を否定していることになるんじゃないか! 俺はジイさんにとって、取るに足らない存在なのかよ! いつも俺に向ける笑顔は偽物なのかよ! って。  イライラして、俺はジイさんの膝に飛び乗って叫んだ。 「アホー!!」  見上げたジイさんの虚ろな目に、真っ黒な俺が映り込む。僅かにジイさんの目が見開き、俺に焦点があった。 「ガァ、ガァ、ガァー! アホ〜〜〜!」  俺は悔しい気持ちをジイさんにぶち撒けた!  すると固まっていた爺さんが目尻を下げ、笑い始めた。 「はっはっはっ! ダイゴロウ、すまねぇなぁ! 俺にはお前がいるんだよな!」  ──ふんっ! わかればいいんだ!  俺はそっぽを向いてジイさんの膝から下りた。 「さぁてと、ダイゴロウ、メシにするか!」  そう言うとジイさんは寝ぐらへと入っていった。  ジイさんに俺の気持ちが伝わったかなんて、わかりゃしない。でも、ジイさんの後ろ姿が妙に嬉しそうに見えたのは、きっと見間違いじゃないハズだ。  それから、ジイさんが昔のことを話すことはなかった。でも、いつも嬉しそうに俺とメシを食って笑っていた。
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