ロビーで

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ロビーで

 新郎の友人や会社の同僚、後輩などだろう。若い男性もたくさんロビーに集まっていた。  男だらけの職場で見慣れている私は、だからって緊張したりもしない。  しかも私には三歳下の弟が一人いる。  国立大学の教育学部を卒業して念願の小学校の教師になった。でも実際の教育現場は想像していたものとはかけ離れていた。弟は三年で教師を辞めた。今は工務店に勤めて大工をしている。元々手先は器用だった。  会社勤めの父も母も辞めた時、何も言わなかった。  毎日、帰りは深夜。それでも仕事を自宅に持ち帰って……。もう体力も精神力も限界だったのは家族の誰もが分かっていた。  今、弟は大工の仕事が楽しいと言っている。教師をしていた頃より明るく元気になり顔色も良くなった。  両親はいずれ私と弟で組んで仕事をすればと考えているようだ。どうなるのかは今はまだ分からないけれど……。  なぜかそんな事を考えながらロビーに立っていたら……。 「藤村さん?」  と年配の男性から声を掛けられた。 「八代社長、ご無沙汰しておりました。その節は大変お世話になりました。きょうは? どなたかの結婚式ですか?」 「私の大学時代からの親友の息子さんが結婚するんでね」 「そうですか」 「藤村さんは?」 「私も友人の披露宴に」 「もしかしてここ?」 「はい」 「そうか。翔太君の花嫁が藤村さんのお友達。それは奇遇だね。そうそう伊織が大変お世話になって、きょうも来ているんだが」 「えっ? そうなんですか」  親同士が親友なら幼馴染なんだろう。 「おい伊織……」  八代社長が伊織君を呼んだ。 「はい。えっ? 藤村さん?」 「どうした? 藤村さんが綺麗過ぎて見惚れているのか? このままここで二人の結婚式でもするか?」  と笑って歩いて行かれた。  伊織君は何故かいつもよりもずっと緊張した様子だった。 「翔太の奥さんになる……」 「美耶子は高校大学と一緒だったから、今でも会ったりしてるのよ」 「ええっ?」 「どうしたの?」 「あぁ、いえ……」 「偶然ってあるものなのね。驚いた」 「驚いたのは僕の方です」  披露宴は始まった。両家の父親のご友人が名の在る方々で……。  しかも新郎のお父様、大手食品会社の代表取締役って、社長? 玉の輿なんじゃない。それでこの披露宴なのね。招待客も年配の方が多い。  彼は普通の人って美耶子は言ったけど、全然普通じゃないじゃないの……。
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